作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年1月号)★印は新仮名遣い


  埼玉 藤丸 すがた ★

また同じ時間が始まる月曜日ふつふつと沸く不満が消えず

着信音高らかに鳴る四時限目数学教師人生を説く


  三浦 高村 淑子 ★

学生の波にもまれて歩きつつもうこの波に乗れないと知る

足元に視線落として歩いてる過ぎた春こんな私じゃなかった


  米国 倉田 美歩 ★

木曜日の六時過ぎから学生となることを楽しみに六日間待つ

子音母音の続くスペイン語の響き母語の音にも似た懐かしさ


  スイス 森 良子 ★

霧深き夜の峠道越え行かんハンドル握る手を拭いたり

霧を分け地図に名の無き村を行くエンジン音のみ鈍く響きて


  札幌 安原 勝美 ★

朝日浴び静まりかえるグラウンド昨日の我は何思いいし

わけもなく差し上げた手に潮風が冷たくからむキャンプの夜に


  帯広 大澤 二三子 ★

ペーパードライバー私の車はパジェロミニ夢は林の道かけめぐる

リュックにはパンとチーズをつめ込んでハイジの様に花畑歩く


  東京 坂本 智美 ★

かりん酒と懐石料理振舞われ免状頂く雨の降る夜

「紫は君のイメージなんだよ」と合格祝いの花束届く


  朝霞 松浦 真理子 ★

茶色くてやわらかそうでいい匂い今日もさらりと過ぎてゆく風

ちょっとだけ無償の愛に憧れて人間いっぴき我が家に飼う


  鳥取 石賀 太

石塔も狛犬もみな倒れをり地震を受けし根雨の神社の

漸くに開通したる国道より地震(ない)に崩れし山々の見ゆ


  西宮 北夙川 不可止

頼まれし泉鏡花を手に持ちてナースステーションに病室を聞く

庭に鳴く仔猫の母か吾が前を駈け抜けてゆく暑きゆふぐれ


  スイス 尾部 論 ★

何の為何をしたいかまず定めよ友への助言は自問に等し

雷鳴の止まぬ夜吾は嘔吐せりあらゆる不安に堪え難くいて

選者の歌


宮地 伸一

煙草の害かつて説きしにわが息子一人は従ひ一人は従はず

アメリカも日本も人間の愚かさをかくも示すかこの世紀末



佐々木 忠郎

あな嬉し吾が誕生日なるこのあした待ち待ちしアララギの盆栽届く

二十一世紀のめでたき朝に飾らむよ千代に緑のアララギの鉢



吉村 睦人

飛び立ちし雁はしばらく沼の上を旋回しつつ列を組みゆく

あまた居し雁飛び立ちし沼の岸におびただしくも寄れる抜け羽



三宅 奈緒子

灯の下にコルセット解き寝むとして遠き日の病む夫が顕ちくる

痩せし胸にコルセットして夫はげみ望みなき病とつひに知らずき



小谷 稔

大雲取を越えし安けさ夜もすがら鳴る瀬の音の枕に近く

粥餅茶屋地蔵茶屋どの茶屋のことも足早き節は歌に残さず



雁部 貞夫

ゆくりなく渋谷の街に来り見る映画「カラコルム」四十五年ぶりなり

次々と出で来るカラコルムの大氷河われの一生もここにつながる



新津 澄子

漸くに来し最終バスは客乏しサックス抱く若者と疲れしわれと

終バスに濡れて帰れば好き仕事あるを喜べと夫の励ます



添田 博彬

神に祈ると言ふこともなく育ち来てわがために祈る人に戸惑ふ

人の為に夜々祈ると言ひ得るは心したたかに育ちしならむ



石井 登喜夫

わがために祈らむとしてためらひぬ根本中堂のけふの朝事(あさじ)に

高瀬川の流れの上の細き橋ゆれるゆれる一人づつ渡りてゆくに

先人の歌


正岡 子規

下ふさのたかし来れりこれの子は蜂屋大柿吾にくれし子

下総のたかしはよき子これの子は虫喰栗をあれにくれし子



伊藤 左千夫

冬の夜の夜のしづまりにぺんの音耳に入り来つ我がぺんの音

秋更けて日和よろしき乾草のうましきかをり小屋に満たせり



長塚 節

冬の日はつれなく入りぬさかさまに空の底ひに落ちつつかあらむ

桑の木の低きがうれに尾をふりて鵙も鳴かねば冬さりにけり



島木 赤彦

窓の外に白き八つ手の花咲きてこころ寂しき冬は来にけり

物を乾すわが庭の木に朝なあさな四十雀来る冬となりたり



中村 憲吉

灯のなかを遠く送られて行くならむ浅夜の街の裸馬の一列

つらなりて浅夜のつじを行く馬のあらはなる背の寂しかりけり



斉藤 茂吉

しろがねの雪ふる山に人かよふ細ほそとして路見ゆるかな

赤茄子の腐れて居たるところより幾程もなき歩みなりけり



土屋 文明

用のなき電車に乗りて終点の永代橋に下されにけり

新しき橋つくり居り赤々と焼けたる鋲を投げかはしつつ