作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成22年5月号) < *印 現代仮名遣い>


  千 葉 渡邉 理紗 *

親指を地面につけて足に蹴り地球の重さを表面を知る


  丸 亀 日向野 麻季

亡き父の声がこんなところから出て来たと古い携帯を充電してゐる


  大 阪 目黒 敏満 *

人歩く影うつる冬のガラス窓寒さ伝わる人のふくらみ


  高 松 藤澤 有紀子 *

暁の東の森より飛び立ちてモズらも出勤我も出勤


  宝 塚 有塚 夢 *

UFOのようなエアコン起動音深夜に聞きてふと目が覚める




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

音もなくかがやくものか雪はらを滾つ流れはさざ波立ちて
家うちに朝よりピアノ響きいていとも拙くあたたかき音


  横 浜 大窪 和子

パソコンに開き当座の残高を確かめてわが仕事始まる
言葉少く去りゆきしあと言葉なく居りたり解雇といふ現実に


  那須塩原 小田 利文

吾が職場の廃止を決定の如く書く記事に怒りて日曜は過ぎつ
高く鳴く鶴の歩みを見て飽かぬ子を目守る暫し心は和ぎぬ


  東広島 米安 幸子

シベリアに抑留の日々を話すなく八十七歳にて叔父身罷りぬ
事あれば寄りて恃みし叔父なりき父亡き後は父と思ひて


  島 田 八木 康子

くぐもれる土鳩の声の止まぬ夕しきりに恋ほし古里の父
クローバの四つ葉さがして友を待ちし駅の南口もビル群となる



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

わが仰ぐ最後の日食にならむかと少し欠くるに立ちどまりたり
ああ日本の戦争力か何事にも「力」つけて言ふ国となりたり


  東 京 佐々木 忠郎

庭の天一杯に咲く冬桜この月九度目の雪に美し
冷え込みも午後に緩みて三波川冬桜たちまち満開の花


  三 鷹 三宅 奈緒子

かにかくに四十余年の一人居か夫亡きのちの日月は疾(はや)く
ながきながき交りなりしを廃(し)ひし友言葉喪ひこもれるを聞く


  東 京 吉村 睦人

幼稚園の制服を着て来し幼ないつになく丁寧に挨拶をせり
本門寺に来たりて真先にわれは寄る日本看護婦会の慰霊碑


  奈 良 小谷 稔

早咲きの黄色すがしき欄の花亡き君の名を付けて培ふ
炊飯器故障したれば炊く鍋の湯気なつかしく火を加減する


  東 京 雁部 貞夫

会員減、ページ減にも耐へ得べしこの歌誌愛する心のあれば
ボロボロになりしといへど尊かり復刊アララギのこの十九ページ


  さいたま 倉林 美千子

雨過ぎて誰も通らぬ参道を山のみ寺の灯が照らしゐる
手みじかに経緯(いきさつ)告ぐる文(ふみ)ありて灯の下にわが立ち直りゆく


  東 京 實藤 恒子

練り歩く山車につきゆき川渡る御輿みき炭鉱の栄ゆる街に
自然災害一つなきわが故郷の街の底ひを坑道はしる


  四日市 大井 力

出産の畏れに始まりし祈りとも縄文土偶の呼びかくるもの
安産を祈る土鈴に変りたる五百年か土偶の音霊(おとだま)を得て


  小 山 星野 清

新しく来向かふものを受けとめていかに生きむか残る命を
人の無きノーベル博物館に声高に中国の人権問題を糺す映像


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

表示灯の矢印の消えゆく交差点関はりなき人と固まりて待つ
雪解けの水を蹴散らしトラックの過ぐれば元の形に寄る水


  取 手 小口 勝次

氷点下十度になれば御神渡り見らるるものを下がらず終る
安物を売る競争に弾かれて阪急も西武も基幹店失ふ


先人の歌


山口 茂吉 歌集『赤土』より

群山をこめてしづめる雲のうへに富士の夕影とほくのびたり
虎耳草(ゆきのした)のかすかなる花は咲きしまま素枯れて土に散ることもなし
この原に立つ砂埃とほくより見つつ来たりてわれ近づきぬ
利根川のほとりに行かば聞こえむか軋むがごとき霜夜雁が音(ね)
暗黒の一画に差すガレーヂの明りのなかを横ぎるわれは

 山口茂吉は 斎藤茂吉門、小茂吉、とも呼ばれた。

                     

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