作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成22年7月号) < *印 現代仮名遣い>

キャンパス集より


  高 松 藤澤 有紀子 *

水を飲むも命懸けなる現実に障害という重さにたじろぐ




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

助手席に母をともない帰り来し甲府盆地は春ふく嵐
梅の木の下にすみれの咲きいでて春なり人のあゆむなき庭も


  横 浜 大窪 和子

生後5日目乳児院に預けられしといふ幼き真梨をわが抱き上ぐ
わが顔をひたと見詰むる小さき目よかなしみ潜める眼と思ひぬ


  那須塩原 小田 利文

ブランコを漕ぐたびに鼻のこそばゆしポニーテールの汝が髪触れて
蕗の薹出でしを言へば白杖を振る手休めて探り当てたり


  東広島 米安 幸子

この年の林檎の花を待ちがてに心のこして逝き給ひしか
林檎の樹の根方に黙す人影の見ゆる思ひに君の歌読む


  島 田 八木 康子

我に似るその直情に押されつつ未知の歌友に心寄りゆく
萌え出でし茶の芽一面錆の色思ひがけざる寒の戻りに



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

散りし桜つらなり流るる神田川昨日(きのふ)は見しにけさははや無し
川を覆ふばかりに昨日見し小鳥雨降る今朝は一羽だにゐず


  東 京 佐々木 忠郎

僅かなる納税なれど申告書横浜より長男が来て書き呉れぬ
細かなる納税申告書の説明書き今年も変はり老いを嘆かす


  三 鷹 三宅 奈緒子

門閉ざす休館のジブリ美術館そがひに枝垂桜(しだれ)垂りて明るく
花にらのうへにとめどなく桜散り思ひ思へど途(みち)はひらけず


  東 京 吉村 睦人

幼な子と蒔きし朝顔芽生えたり本葉出でなばまた移植せむ
一つプランターに植ゑて持ち来ぬ青山の庭にいただきし幾種類かの菊


  奈 良 小谷 稔

会員減り労演危しと開演に先立ちて訴ふは他人事(ひとごと)ならず
会員の一人が一人を入れてほしああここも吾らと似たる発想


  東 京 雁部 貞夫

著者の顔知らずに済ます今の本造り形ととのへ魂入れず
本読むは至福と詠めるを肯へどわびしともわびし硬貨一枚の本の売り買ひ


  さいたま 倉林 美千子

雪解け水あふれて速きふるさとの川に木舟の艪を漕がむとす
ふなばたに雪解け水は飛沫あげ時折り岩盤に艪の触るる音


  東 京 實藤 恒子

アルプスの雪映ゆる峰々八ケ岳迫る列車にわが凛として
甲高き木遣に御柱の先端に跨りて幣もつは建御名方(たけみなかた)か


  四日市 大井 力

谷深く傾るる棚田の菜の花に夕ひかりいま正眼(まさめ)の涅槃
桜ふふむ峠に見ゆる菜の花が夕日にけぶる棚田棚田に


  小 山 星野 清

人如何に言ひくるるともまがふなく力乏しきはわれこそが知る
凡人が指図することの恐ろしささまざまに見て知ればためらふ


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

熱出でし体だましてゆるゆると寒き雨降る巷を帰る
煙草吸ふ悪者の一人となりゆかむ力いつぱい夜(よ)の道に吸ふ


  取 手 小口 勝次

海近き磯料理に昼を食ふ地元の人らの明るきなかに
若き日に貝獲りに来てみどり児を預かりくれし家はいづくか


先人の歌


金石 淳彦の歌 より

 戦後アララギで最も思索的な作品を作った病歌人

・背に負ひて庭出でむかといふ妻と窓に見てゐる庭照らす月
・稗二本鉢につちかひゐる妻と遊びに似たる日々とも思ふ
・夜半さわぐ小鳥にめざめたる妻と物言ふこともなく又眠る
・光受けて動ける雲にたまゆらのあくがれに似し心怪しむ
・木芙蓉花を閉ぢたる庭見をり日ぐれはいくらか早くなりしかな

*「金石 淳彦歌集」のさいごの五首を記した。
なお、この歌集は近く短歌新聞社文庫として復刊される。

                     

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