作品紹介

選者の歌
(平成24年10月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

君がつひの広島歌会に従(つ)きゆきしわが日々もいまは遠くなりたり
ものの紛失をつねに嘆きて詠ひましき君が晩年に似て来ぬ吾も


  東 京 吉村 睦人

白き犬来たりて傍らにすわりたり今しばしこのベンチにをらむ
たつた一回ちよつと乗つて何を言ふオスプレイは安全などと


  奈 良 小谷 稔

狭き峡の激ちに沿ひて畑あれば柵にネットに獣を防ぐ
子らの絶え老いわづか住む峡の村遊園地あり鉄棒錆びて


  東 京 雁部 貞夫

銀山のかつての毒も消え去るか沢に山女魚の斑の色光る
尾花沢に紅商人の家残る蕉翁十日の逗留の跡


  さいたま 倉林 美千子

何時の世に生きたる貝か浜一面砕かれ曝れし殻を敷きつむ<青島>
きりたちし岩端(いははな)に鳴く浜鵯(はまひよどり)その声ひびく波濤の中に


  東 京 實藤 恒子

海底の岩盤より出づる黒き湯に今宵の仕事終へ来て浴みをり
十万年経たねば元に戻らぬとぞ放射性廃棄物を地下深く埋むとも


  四日市 大井 力

理想の世に導きたまふ観音のうしろのみ手に剣と蓮華
東堂と礼堂をつなぐ潜り門燕が今年の雛育てゐる


  小 山 星野 清

せねばならぬ仕事に倦めば椅子を立ち夕餉のための芋の皮剥く
うまく上がりし煮物を独り褒めながら今日も遅めの夕食終へぬ



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

筆跡の斯く揺らぎたもう今をなお歌詠みて詠みつづけたまえり
わからなくなりては又来るこのほとり湛うるひびき『暫紅新集』


  札 幌 内田 弘

おいそれと心は見せずひそとゆく風なき跨線橋に夏の雨降る
地下の穴を猛スピードで走りつつ地下鉄南北線けふの終電


  横 浜 大窪 和子

七百人のリストラ成して三割の単価値下げを告げ来し企業
民族衣装すずしげに羽織り世界中に支援求むるカルザイこのまず


  那須塩原 小田 利文

六月の台風の来て見巡りぬ来年の春は閉鎖の寮を
花毬の一つの如し小顔なる菜月が紫陽花の径に微笑む


  東広島 米安 幸子

オスプレイの低空訓練ルート地図に中国山地縦断伏せられてゐる
オスプレイの記事連日の地方紙とはやもオリンピック優先の全国紙と


  島 田 八木 康子

明かされて急かるるままにひた走る大山蓮華の咲くところまで
摘まれたる松の芽拾ふ指先に幼かりにし日々が匂ひ来



若手会員の歌


  尼 崎 有塚 夢 *

己(おの)が心と書いて忌むとはよく出来てどろどろしたもの妬みにひがみ



  奈 良 上南 裕 *

剃刀で削ぎたき衝動を切削油に酷くかぶれし手の甲に覚ゆ



  高 松 藤澤 有紀子 *

新しき友と思うかヘッドライトに寄り添いて飛ぶさびしき蛍は




先人の歌


宮地伸一歌集  『夏の落葉』   昭和五十一年

子らのためあと十年は生きたしと妻のいふとき涙あふれぬ
病癒えて働く夢を見しと言ひ涙ぬぐへばわがたへがたし
ベッドの中にしきりに妻の捜すもの指細くなり指輪落としき
使ひ残ししティッシュペーパー見るさへに涙はあふる荷物ほどきて
綻びしままなる足袋に見覚えあり箪笥あくれば妻のにほひよ

短歌を学ぶグループがこの歌集をテキストにした際のこととして、宮地先生が「みな泣きながらだったそうだよ」とつぶやかれた声が忘れられません。平明に実直に、ありのままを普通の言葉で詠んでこそ、人の心を打つのだと改めて思います。

                     

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