作品紹介
 
選者の歌
(令和8年5月号) 
 
  ○   東 京 雁部 貞夫
  有りがたしひひなの祭りに手造りの夫婦(めをと)のひなを吾が病室に
吾が部屋に君持ちくれし花の鉢桃の香りが春を誘ふ
 
  ○   さいたま 倉林 美千子
  メロいはまあエグい・エモいは判じ聞く若き二人の絵本鑑賞談
「食べれた?」「寝れた?」とやさしき職員さん頷きにつつ何やら寂し
 
  ○   柏 今野 英山
  大仏の阿弥陀如来は忽然と降りしごとくに街なかに座す 越中高岡
家持のえにしに万葉二十巻日をつぎ夜をつぎ三日詠みつぐ
 
  ○   横 浜 大窪 和子
  何ために生きるかと問ひつつ歩みゐし若き日のかの道今に忘れず
かく容易く武器を使ふかディ―ルといふ言葉を強く発ししその人
 
  ○   札 幌 阿知良 光治
  排雪車過ぎし吾が家の玄関前雪の固まり山と置きゆく
妻の代はりと植ゑたる庭の八重桜今年の雪に枝先見えず
 
  ○   神 戸 谷 夏井
  列島を寒波の襲ふこの時に衆院選あり受験の子もゐる
自民圧勝の陰に隠れて裏金議員ゾンビのごとく甦り来る
 
 
運営委員の歌
 
  ○   能 美 小田 利文
  焼酎の生姜割にて祝はむよ高校サッカー全国制覇を 神村学園
冬空にかがやく山を見むものを季節外れの黄砂が隠す
 
  ○   生 駒 小松 昶
  四分の一の得票率で四分の三の議席を得るのが民主国家か
温暖化にシベリア凍土の融解し活性化炭疽菌は人殺めゆく
 
  ○   東 京 清野 八枝
  響灘を見下ろすホームに大病をのりこえし君の穏やかな日々
己に甘きわれを諭して塩分カロリー少なき食事を娘は工夫する
 
  ○   広 島 水野 康幸
  「女性の裸体」ほど美しきもの無しと老いし美術教師は吾に言ひにき
病ありても幸せはあり脚の無き人のプレーする車椅子テニス
 
  ○   島 田 八木 康子
  六坪ほどの店内寂し下戸の主の継ぎたる造り酒屋の閉ぢて
親四人介護と言へる介護なく送りし故か今ある我の
 
 
先人の歌
 

今回はアララギの源とも言える正岡子規の前期の写生の歌を眺めてみたい。

明治27年(ほぼ27歳)
  嶋山を雲たちおほひぬ伊豆の海相模の海に浪立つらしも
明治28年(日清戦争)
  いくさにぞ人は死にするから山の熱きばかりも我たへなくに
  かへらじとかけてぞちかふ梓弓(あづさゆみ)矢立たばさみ首途(かどで)すわれは
明治30年(柿の歌)
  世の人はさかしらをすと酒飲みぬあれは柿くひて猿にかも似る
明治31年(金州城外所見、他)
  もののふの屍(かばね)をさむる人もなし菫花さく春の山陰
  人住まぬいくさのあとの崩れ家(いへ)杏の花は咲きて散りけり
  人も来ず春行く庭の水の上にこぼれてたまる山吹の花
  わが船は大海原に入りにけり舳(へさき)に近くいるか群れて飛ぶ
  諸(もろ)鳥の嵐にさわぐ声絶えて鷹飛びわたる不尽(ふじ)の裾山
  望の夜は恋しき人の住むといふ月の面(おもて)をながめつつ泣く
  文(ふみ)写す窓の紅梅咲きそめて紅(くれなゐ)うつる薄様(うすやう)の上に
  潮(しほ)早き淡路の瀬戸の海狭み重なりあひて白帆行くなり
  剣に倚りてふりさけ見れば西の方(かた)に稲妻すなり風吹かんとす
  わが庭の垣根に生ふる薔薇(ばら)の芽の莟(つぼみ)ふくれて夏は来にけり
  海原に立つ雲の峰風をなみ群るる白帆の上をはなれず
  神の我に歌をよめとぞのたまひし病ひに死なじ歌に死ぬとも
  久方のアメリカ人(びと)のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも
  今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸のうちさわぐかな

                   次期に続く


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