作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2014年2月) < *印 新仮名遣い>

米安 幸子(HP運営委員)



秀作



波 浪


白内障の手術は止めむ残りたる命の程は視力保たむ



評)
二句で一旦切り、三句で再び歌い起こして、「力保たむ」と結ぶ。過去に手術を経験した人の、この度の結論であろうか。心の起伏を、短歌独特の調子にのせて詠みこみ、格調のある作品である。



栄 藤


身体中をセンサーにして探りをり浮動性なる目まひの因を


評)
眩暈に襲われながらも、その原因を突き止めようとして冷静であり、「身体中をセンサーにして」など、非凡である。



金子 武次郎


被害者を被災者と呼びて責逃る原発事故の加害者たちは



評)
この明瞭な表現に注目した。もはや、津波がなければ起こらなかった事故とは思えない惨状を曝してしまった。作者も詠まないではおれない心境と理解する。



ハワイアロハ


リュウマチに曲がりて冷ゆる母の指わが両の手にそつと包みぬ



評)
冷静な歌いだしで調子も滑らかでよい。何よりそっと母の手を包むことで、作者の気持ちは充分に伝わる。



茫 々


黒沼の底(そこひ)に堆(つも)る朽ち落葉跳ねたる魚のしづもりにゐる


評)
魚が跳ね、水がにごり揺らぐ沼面。そのしずまるまでを見て立つ作者。その胸中は明かさぬまま、推敲を重ねて端正な作となった。



まなみ


真珠湾の記念日ごとに複雑な思いを味わうハワイに住みて



評)
「新しき下駄と晴れ着を枕元に揃えて迎えし昭和の元旦」と併せ読むと色々な時代を生きて来られた方であることがわかる。パールハーバーの膝元に住む作者には、とても複雑な記念日であろうことは、想像に難くない。内地の我々には詠めないところをつかみ、今後も詠みつづけていただきたい。



Heather Heath H


隣り家の主人の癒えて幼の声庭より響き物音戻る
楽しげに独りごと言う幼いるバスに和みつつ検診に行く



評)
前の歌、「物音戻る」には、作者の隣人を思うやさしい人柄が窺えて好感を抱く。後の歌、楽しそうに独りごとを言っている幼子とバスに乗り合わせ、その独りごとを聞くともなく聞くうちに検診にゆく作者の緊張もほぐれたのであろう。一度に多くの事は言えないのが、短歌である。粘り強く推敲を重ねられたことが、応対した私には嬉しかった。「幼いて」を、いるバスにと繋げた。


佳作



さくら


知つてても知らぬふりして生きているそれでも嬉しき春の訪れ



評)
もう一首「新春を喜び祝う家族あり我が人生の贈り物なり」これも良いと思った。今回この二首に出会い、心洗われる思いがして、とても嬉しかった。長く生きてきた人の歌であり、同感できるというのも若くはないからかもしれない。 



時雨紫


円描き墨磨る腕に手応え有り筆に含ませ半切睨む
円相に「馬」一文字を書き込みて飛翔を願いひと筆はみ出す


評)
前の歌、粘り気をおび磨りあがった墨を筆にふくませながら、半切を見据えた一瞬をとらえたところが個性的。後の歌、敢えて一筆はみ出すという作者の意図もおもしろく、これも個性的な歌に仕上がった。



雲 秋


級友に宛つる賀状の方書きに養護ホームと書くはさびしき



評)
このように、級友を思い遣る歌は少ないように思う。級友なればこその率直さであろう。



紅 葉


頬づえをつけば酢揉みの匂いして歌評聞く気の遠のいていく



評)
指にしみこんだ酢の匂いに気を取られ、集中力が削がれるという。誰にもある経験だが、歌には思いつかないこんなことも、掬い上げてしまう作者である。



蒲公英


雷鳴の狂いし後の暗き空大雨となりラナイに吹き込む


評)
豪快に雨の降る南国の情景を、たたみかけるように詠むことで、迫力のある歌になった。ラナイとはテラスのことと言う。



岩田 勇


チラシ見比べ差の五百円は大きくて一駅歩きウイスキーを買う


評)
好物のためなら、一駅歩いてでも買ってこようという意欲を、正直に詠んで生活感のあるところがよい。



くるまえび


年の瀬に友の送りしスカイプの千両の実に故郷偲ぶ


評)
異国に住み30年を越える作者。スカイプに日本の故郷を偲ぶという、現代的な一面をとらえて成功した。



さくらこ


駅を出て鼻まで上げたマフラーはほんのり甘い陽だまりの匂い


評)
先に挙げた、さくらさんに、当HPの存在を告げてくださったお孫さんの作。素直でいかにも若々しい。引き続きの参加を期待します。(お名前が判らず、仮にさくらこさんとさせていただきました。)



石川 順一


短歌誌と俳句誌を持ち旅に出で豪華な蟹に心奪はる


評)
詳しい報告より、例えば読者に「うわあ美味しそう!」と思わせるような何かを期待します。先進の方々の作品からも学びましょう。



寸言


選歌後記

誰しも毎回佳作が詠めるとは限りません。それでも続けるうちには、努力を評価してもらえることもあり、何故良いと言われたのかが理解できるようになります。当『新アララギ』HPに月々掲載の諸先輩の作品、今月の秀歌への批評からも学んでいただきたいと思います。そうして、仲間と遠慮なく感想を言い合える、歌会に参加してみましょう。人の作品から学び自作をも客観視できるようになります。このようにして、我々は毎月歌稿を仕上げ、選者の選歌をうけます。当HPからの入会者の進歩の目覚ましいこと!
一度『新アララギ』の見本誌を取り寄せてごらんください。

米安 幸子(HP運営委員)



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