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今月の秀歌と選評



 (2018年11月) < *印 新仮名遣い

青木 道枝(新アララギ会員)



秀作



山水 文絵 *


枕辺に幼は声立てはしゃぎおり死迫る義母ははのその枕辺に
延命を拒みし義母はひ孫の手を細き指にて握りうなずきぬ


評)
終わろうとする命と、これから成長しようとする命。その二人の存在を、露わな感情の言葉をまじえず淡々と描ききり、印象の深い歌となった。



菫 *


日本人と知りてガイドはザビエルの布教語りぬ親しみ込めて
緑濃き峰をふち取るムーア人の城跡染めて夕日落ちゆく


評)
ポルトガルを旅した折の歌である。簡潔な、また素直な詠み方にこころ惹かれた。一首目の結句「親しみ込めて」には、作者の推敲の跡がうかがえる。



ハワイアロハ *


長生きして悪いねと言う母親に頷きながら襁褓むつきを替える
糞尿の臭い漂う病室に母は眠れる眉根を寄せて


評)
人生の終わりの時を精一杯に生きておられるお姿。
その母親の現実を、ありのままに受けとめようとしつつ、歌に詠まれた。作者の深い情感が伝わってくる。



文 雄  *


廣島忌七十三回色あせて縁擦り切れし被爆者手帳
被爆者の介護の作業に当たりたる左列の兵のわれら助かる


評)
被爆体験の中から生まれた連作である。七十三年経て、こうして力ふくむ言葉に、歌となって生まれてくるのだ。「左列の兵のわれら助かる」という事実。胸に迫ってくる。



中野 美和彦


幼き日の面影今も子にはあれど心のうごき掴み難しも
我罪を犯し獄舎にありしとき「無実なり」と子に偽りき



評)
どちらの歌も、やわらかな調べを保ちながら、鋭い心の動きを含んでいる。作者自身の、内面の葛藤が今も続いているのだ。詠むことによって、あらたな力が生まれよう。


佳作



かすみ *


トラクター動く畑の傍らを仮装せし子ら並びて進む


評)
刈り入れを過ぎた頃の、ハローウィンの仮装であろうか。日本でもこのような光景が見られるのだ。畑に動くトラクターと、仮装の子らとの対照が、なんとも楽しい。



鈴木 英一 *


車窓より田植え前の広田見ゆ雲一つなき空を映せり


評)
ひろびろとして水が張った田に、空が映っている。上の句では状況を述べ、下の句では目に見える様を大きく詠まれた。ゆったりとした思いを与えてくれる歌。



紅 葉 *


雨音は聞こえないけれど降っている決めつけたまま眠り続ける


評)
起きなくてはと思いながらも、起きられない。日常のアンニュイ、誰もが体験する思いであろう。この歌では「雨音」が生かされ、揺れる心情となって詠まれている。



太等 美穂子 *


貴方から贈られた上着身に纏うそばに居まさねど温もり感ず


評)
離れた所に居る人を、上着の温もりに重ねて感じておられる。毛糸編みか、綿入れか、どのような上着なのであろう。あたたかさが、読み手にも伝わってくるようだ。



時雨紫 *


宝物に触れるがごとく手を置けり命育む娘のお腹に


評)
娘さんの胎内の命。あたらしい生命へのよろこび、畏れが「宝物に触れるがごとく」と表現されている。続く歌には、「やんちゃ」な胎動も。無事にご出産の頃であろうか。



夢 子 *


新しく買いしピンクの口紅に君は気付くか紅茶を入れる


評)
「君」への思いが、「紅茶を入れる」という一瞬をとらえて、ういういしく詠まれている。他の歌から察すると齢を重ねられた夫婦。意中の人への愛は、短歌という詩形の源。



はずき *


『作歌のヒント』手にした時から何故なにゆえか心ウキウキ上手うまくなりし気分


評)
短歌を作ることに、心新たに立ち向かおうとされている作者。導きとなる本を手に入れ、ますます思いが膨らむ今なのであろう。その歓びが明るく詠まれている。



原 英洋 *


いかばかり足取り速きコーギーか振り向きながらも主人に連れ添う


評)
足が短いコーギー犬の、なんとも一生懸命な動作が見えるようだ。作者と目が合い、ふり向きふり向き過ぎてゆく。意味の上から、「早き」は「速き」と書き換えた。


寸言
 熱心な方が多かったのであろう。今回は、それぞれの方に二回ずつの助言であったが、よく受けとめてくださった。こうして「最終稿」として投稿された歌を拝見すると、ひとりひとりの持っておられる魅力に思い及ぶ。
 皆さんからいただいた力を、私も大切にしよう。

 

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