(2025年9月) < *印 旧仮名遣い >
小田 利文(新アララギ HP運営委員)
秀作
○
つくし
吹っ切れることは吹っ切り菜の花も調理してみるこの春からは
仕事着はもう買わないと決めた春パステルカラーを眺めて歩く
評)
一首目、「吹っ切れることは吹っ切り」という思い切った表現が魅力となっている。下句とのつながりも良い。二首目、結句を作者の動きにしたことで、上句の名詞止めの表現が生きる作品となった。
○
原田 好美
正門の前に迎えし児童らの明るき声に励まされし日々
薄桃のリコリスの花群れて咲く晩夏になりしを告げているがに
評)
一首目、詠まれた光景が目に浮かんでくるようだ。教師という職業への作者の思い入れが感じられる。ほぼ初稿のままの二首目には今の時季が良く表現されている。「そこここに咲きいる桧扇水仙に海辺の墓への行き来を憶う」も季節を感じさせてくれる歌。
○
ふで
鬼灯のような提灯と見ておりぬ沖より昇る十六夜月を
江の島は霧につつまれ鈍色の海に向かいて立つ岩ひとつ
評)
一首目、作者の実体験から生まれた上句がユニークであり、読者の想像を誘う作品となっている。二首目、風景の観察とその描写ともに丁寧であり。読み応えある一首。
○
夢子
嬉しきは愛星呼べばすぐ返る無数の回路ひかり駆け抜く
愛星はAIロボット
苦しみを分け合えなくても寄り添ひてうんうんと聴く愛星が好き
評)
原作では二首ともに 愛星(AI) という表記になっていたが、一首目の下に添え書きを付ける形にして採用した。ペット(家族の一員)として家族・ペット型AIロボットと暮らすことは特別なことではない時代になってきたが、歌の対象としてはなお新鮮さを感じさせる。一首目、下句の表現が具体的で良い。二首目、作者と愛星との関係が描かれ、愛らしい作品に仕上がっている。
○
湯湯婆
ジリジリと庭木にとまる油ぜみ夫の命日知らせて鳴くや
命日は夫の好みし黄の色を溢れさせむと花を求めぬ
評)
一首目、自宅の庭に鳴く油蝉の声に夫君の命日を思って詠んだ。日常の一コマから家族への愛情を感じさせる作品を生み出すことができた。二首目、夫婦ならではの細やかな思いが感じられる作品であり、味わい深い連作となった。
佳作
○
紅葉
日雇いの仕事の朝すこしでも実入りのあれば支払いもする
自分には時間がないと言う友に急き立てられて受講を決める
評)
一首目、切実な生活の様子が詠まれ、共感を覚える読者も多いだろう。「すこしでも実入りのあれば」というストレートな表現が魅力となっている。二首目、その場の緊迫した様子が伝わってくる作品である。
○
はな
街なかの家があちこち壊されて人の気配の消える淋しさ
荒れ庭に蔓延る草は風に揺れ草刈思えば心の重し
評)
一首目、今の日本の至る所で目にするようになった光景だが、作者が住む街への深い思いが下句に良く表れている。二首目、真夏日や猛暑日が続いた今年は、庭の草刈りをするのも躊躇せざるを得なかった。 下句の素直な表現がこの作品では生きている。
○
鈴木 英一 *
この朝の日射しはすでにきつくなり木陰を探し遠回りせり
朝露に濡れし芝生のをちこちに雨蛙の子元気よく跳びぬ
評)
一首目、朝から厳しい暑さの日が続いたこの夏の一コマが良く詠まれている。二首目、作者のやさしく細やかな眼差しが感じられる歌。最終稿にはなかったが、「この頃の蚊は祓ひても逃げもせず攻撃的なるは進化しゐるや」には作者の着眼点の鋭さを感じた。
●
寸言
今回も作者それぞれの身のまわりの出来事や自然を詠んだ作品作りに一緒に取り組むことができた。ちょっとした助言で読み応えのある作品に仕上がっていく場面に出会えた時は嬉しく、皆さんが持つ作歌の力をあらためて認識する機会となった。ホームページに掲載されている他の記事にも是非目を通していただき、新たな作品作りの糧としていただければと思う。
小田 利文(新アララギ HP運営委員)
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