(2026年7月) < *印 旧仮名遣い >
八木 康子(新アララギ HP運営委員)
秀作
○
つくし
我と話す受話器を夫が当てたと聞く冷たくなりしエンゾの耳に
追い返し追い返してもついて来た安楽死とは知らぬ息子よ
小二には理解しがたい結末に黙して泣きて火葬を終えぬ
評)
先月号からの連作で「エンゾ」は十一年飼っていた愛犬の名前。万やむを得ず、涙を呑んで安楽死の決断をせざるを得なかった末の連作。一首目は「出張中の作者の声を伝えようと、ご主人が、旅立った愛犬の耳に受話器を当てたことを詠んでいる。 二首目、三首目は、小学2年生の息子さんの様子を伝え、家族3人と愛犬とのきづなの強さに圧倒される思いがする。
○
鈴木 英一 *
蕪島の岩の上はウミネコで埋まり入り江に沿ひて無数に乱舞す
大間から荒るる海峡まぢかに見て狙ひのマグロをランチに食す
評)
前の歌、青森県八戸にあるウミネコの繁殖地・蕪島での景観が目に浮かび、天にまで響くようなミャアミャアと鳴きかわす声が聞こえてきそうだ。後の、すっかり有名になった大間のマグロの歌も、2句3句の「荒るる海峡まぢかに見て」に臨場感があり、「狙ひのマグロ」からは、作者の満足感が伝わってくる。
○
湯湯婆
目で追いしボールの先にカラス二羽カートに積みしバナナ咥えて
蛙や烏の相方求むか水無月のゴルフコースは喧しくして
評)
前の歌。あろうことか、烏が作者の置いたバナナを咥えて飛び去るとは、しかも2羽が。そう言えば、私も、トウモロコシを体重で折って、そのままわしづかみに飛び去るカラスの話は聞いたことがあるが。後の歌は、確かに6月ともなれば、野も山も生き物にとって絶好の活動期、ゴルフコースでの賑わいもさもありなんというべきか。結果はいかがでしたでしょうか。
○
夢子
甘えたき心を隠し生き来たり今は寄りかかる肩が嬉しい
九十二年連れ添い来たる我なれどいまだ知らざる我に会いたり
評)
前の歌、九十二年間の人生を振り返ってのしみじみとした実感かと思うと、身が引き締まる。下の句は、作者ならではの人間性が引き寄せたパートナーの事だろうか。後の歌、具体的に絞れないほど、日常的にいろいろな発見があるという事だろうと思うと、楽しみなような、怖いような。「目覚めればもう寝る時間の来ておりて時計の針だけ元気に走る」も、作者の年齢になれば身に染みて分かると思うようになるのだろうか。
○
ふで
窓の外光溢れる朝が来てついに今年の梅雨もあけるか
介護など辛き仕事は外人にやらせりゃよいとはこの国危うし
評)
前の歌は、詠い出しから全身で喜びを表現して、自然界の移り変わりをめでる思いが伝わり、ほっとする。そして後の歌は、目をそらせてはならないこの国の現状への危惧・やるせない思いがストレートに表現されて、身に迫る。最終稿には出なかったが「十万年単位で生きる地球らし人の栄華も一瞬にして」も、スケールの大きな、胸に響く作品で大切にしてほしいと思っている。
○
紅葉
電話して忘れぬうちに入力しこれでいったいいくらになるや
事業所をあちらこちらと梯子して虫に刺されるそんな感じか
評)
この欄では貴重な「勤労の歌」。人生も結局は一日一日の積み重ねと思うと、遠ざかり、去っていくその足跡を、作品として残すことの価値を思う。前の歌、このストレートな下の句にこそ、作者の万感の思いが凝縮されているのだろう。大胆な表現に迫力がある。 そして、後の歌の下の句は、言い尽くせない孤独感から、素早く切り替えをし終えた後の、あっけらかんとしたすがすがしささえ覚える。 「ひょっとして首の痛みはテレアポかヘッドセットをネットに探す」も、作者独自のある日の記録詠として、残してほしい。
○
原田 好美
田植え済み吹く風もなく光る田に逆さまの富士鮮やかに見ゆ
利用者の持ち来たりしと紫陽花の「隅田の花火」淡き水色
評)
前の歌、早苗田に富士山が映るとは。それを見ることのできるのは、ほんの限定された地域に住む幸運な人だと思うと羨ましい。 晴天で「吹く風もなく」の日でなければならないと思うとさらに。 後の歌、 作者の利用している施設のお仲間だろうか。「墨田の花火」は、中心に青い小さな両性花、その周りを白い大きな装飾花が花火のように開くガクアジサイで、墨田区ゆかりの品種という。いつもながら、見逃しがちな、身近な対象に優しい目を向ける作者の姿勢がまぶしい。
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寸言
ホームページは2001年からですが、新アララギは今年で30周年を迎えます。その記念号への寄稿文をそろえるにあたって、当然と言えば当然だったのですが、私たち担当者はずっと、皆さんの作品に秀作・佳作という評価を付けなければならない苦しさに困惑してきたことに、改めて向きあうことになりました。どうぞ、皆さまも、上記の思いを柔軟に理解していただきながら、変わることなく、このHPにご参加いただけたら幸いです。
今年の夏は、予報に違わぬ猛暑となりそうです。幸い、8月はこのホームページも例年通り夏休みとなります。どうぞ、来し方を振り返り、心身をいたわる休養の好季として、無理をなさることなく、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。
八木 康子 (新アララギ HP運営委員)
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