羽音して荒掻きの田をこえゆきし郭公は林檎の苑に啼きたつ 加藤 貞
作者は青森の人。郭公と林檎の苑とを付け合せた点に一種の配合趣味があるように感じるのは北国の自然を知らざる者の弁か。そこはとにかくとして、「荒掻きの田」とまでいふ必要はあるまい。
鳩二羽が交々浴びし水の面に微かに白く油が浮きぬ
岩崎 寿子
実に微細な所に目をつけている。表現されたもの以上に内に含むものはないが、これは一つの小発見であり、これでいいのであろう。
えにしだの黄の花つづり寂しさに慣るるといへど人の恋ほしも 伊藤 つゆ
本格的な歌いぶりとも言えるが、またやや型にはまった古風な歌いぶりとも言えよう。しかしこういう単純で気持ちの通った歌はいつまでたってもあきない。
若くして逝きし吾妻をしのびつつ吾に責ありと思ふも悲し 加藤 政吉
これは前の伊藤氏の歌ほどの技巧もねらいもなく、ごくあっさり当り前に歌い流したものであるが、どこかしみじみとした息吹が感じられるので取上げてみた。人に示すというよりも、作ることによってわづかに自分の生を慰めるという底のものであろう。
暁に斯くかたはらに鼾くこと三十六年添ひて知らざりき
熊澤 正一
口開き眠れる妻よ八年まへ羞ぢらひて吾に寄りにしものを 斉藤 光人
軽い歌ではあるが、それぞれ自らなるユーモアを漂わせている所がおもしろい。
昭和三十六年十月号(2)
(漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)
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