短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」


夜逃げとは夢思はずに託されし子持蘭一鉢吾は培ふ                     濱崎 美喜子

 【岡部】滑稽味の中に、心の底から流露するしみじみとした慈愛の情が感じられる一首。上の句のややもすると興味本位になりがちな点が、下の句で支えられていて際どい所で成功しているのであろうか。

 【宮地】私小説の一片を読むような味もあるが、要するに興味本位という事になるのではないか。「夜逃げとは夢思はずに」は少しあらわすぎる所があって私は気になる。「夜逃げ」は特に俗であろう。

こまやかな妻との相聞をねたむ如く伝へ聞きゐしに何故の自殺                 堀田 清一 

 【宮地】常識的な内容であるが、第三句の「ねたむ如く」と自分の感情を入れたのでこの歌が生きたように思う。それから結句の「何故の自殺」という止め方もうまい。茂吉の「恋しき眉をおもふ何故」(寒雲)の「何故」の使い方とはまた違った感味がある。

 【岡部】私は「ねたむ如く伝へ聞きゐしに」が、少しくどいように思われてしかたがない。

 【宮地】くどい所もあるが、この三・四句がないと結句の「何故の自殺」が生きて来ないように思う。

   鰯干す手間賃をきき鰯買ひ風にふかれてこの濱を去る
                     品川 市郎

 【岡部】やや盛り沢山な内容のようにも思われるが、それだけに又心引かれる感慨である。結句が少し軽く感じられる点があると思う。

 【宮地】上の句の言いざまはおもしろいが、下の句の「風にふかれてこの濱を去る」は力を抜いた感じで、一首を軽くしているようだ。他の「力草ふきたわめゆく白き風こころの遊ぶ濱ならなくに」は技巧的だが、むしろこの作の方に私は作者の力を感ずる。

昭和三十七年四月号 

 (漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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