作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年3月号)★印は新仮名遣い


  札幌 村上 晶子 ★

思い出をたどる時間は過ぎゆきてメトロノームの留め金はずす

浮かびたるネオンの渦に誘われて深海魚のごとさまよう夕べ


  東京 坂本 智美 ★

木枯らしの古本屋街の神田『源氏物語』の背文字をただ追う

大学名入りの原稿用紙にて初めて書いた卒業論文


  東京 臼井 慶宣

沈黙の雄弁たるを体現し振り子の月は静止せしまま

標本の並べられたる様に似て禁欲的に硬き冬枝


  東京 谷口 裕姫子 ★

生き物を飼うことで知る思いやり機械にはない鼓動とぬくもり

頭の中もやがかかって前見えず炭酸飲んで弾き飛ばした


  千葉 渡邊 理紗 ★

校内を車椅子乗り颯爽と風ひきつれて駆ける少年

階段の一段分が箱根路と姿を変える自立訓練


  ニューヨーク 倉田 未歩 ★

宗教の区別なく皆が祝うものサンクスギビングのこの素晴らしさ

移民局の殺風景な大部屋に星条旗はだらり退屈そうに


  京都 下野 雅史

いつの間に今日の授業は終りしか逃亡者のごとく吾は駈けだす

寒くなり着重ねてみる冬枯れの色に溶け込む黒きフリース


  兵庫 小泉 政也 ★

母の育ちし庄内の地の恋しきに複雑なる血は吾をさまたぐ

サイレンが響く夜明けに目を瞑りわが祈る力天に届くか

選者の歌


宮地 伸一

平凡なる一生といへど心通ふ友の多きを喜びとせむ

弟子運悪き先生なりといふ一首心に沁みて丸をつけたり



佐々木 忠郎

枝々より離れゆくのが悲しきか桜紅葉は夕つ日に垂る

くれなゐと黄いろの斑うつくしき匂桜のもみぢ葉ひろふ



吉村 睦人

庭土に落ちし花梨もそのままに君居し家に人住みてをり

意地悪を気侭なりしを言ひ合へど心は自づと君懐しむ



三宅 奈緒子

かく言葉失ひしまま君臥すかそのあたたかき手を執りにけり

うつついま吾はことなく冬の日を浴びて歩むか坂くだりゆく



小谷 稔

トロイの址を掘りつつ株の取引を休まざりし現実主義の一面

失業中のエンジニアがわがガイドにて日本語たくみにトロイを巡る



雁部 貞夫

「判りますか」と問へば吾が手に応へたり思ひもかけぬ強き力に

弔ふも祝ふも一人と詠みましし君を偲ばむかの海峡に



添田 博彬

日本語を書かせぬやうに出題し若き等の日本語を貧しくしてをり

若き等の日本語貧しと嘆きをれど手を貸す己れに気付かず過ぎ来ぬ



石井 登喜夫

用ありて古き日記を読みながら吾を信じてみたくなりたり

いにしへより影を掬ひし人ありやかたむきて青き月がかかれり

先人の歌


正岡 子規

春されば梅の花咲く日にうとき我が枕べの梅も花咲く

枕べに友なき時は鉢植の梅に向ひてひとり伏しをり



伊藤 左千夫

人の住む国邊を出でて白波が大地両分けしはてに来にけり  九十九里浜

天雲のおほへる下の陸(くが)ひろら海廣らなる涯に立つ吾れは



長塚 節

我がおもふ人にあらなくに山茶花は一樹が枝に相隔りぬ

山茶花のつひなる花は枝ながら背きてさけり我は向けども



島木 赤彦

病院に我が子を伴れて道とほし落葉ころがる日暮れの坂に

足袋買ひて子に穿かしめぬ木枯の落葉吹き下す坂下の街に



中村 憲吉

短か世のつまと思へばうら愛(かな)しひとりのときの涙しらすな

みなぎらふ潮のひかりはおほけなし眼を開きてゐて如何にわがせむ



斉藤 茂吉

笛の音のとろりほろろと鳴りひびき紅色(こうしょく)の獅子あらはれにけり

いとけなき額のうへにくれなゐの獅子の頭(かうべ)を持つあはれさよ



土屋 文明

久しき約束を子等と来りたり玉川は春すぎて草立つ

列りて三人の子等が吹き立つる草笛つくる吾はいそがし


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