作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年4月号)


  東京 坂本 智美

出会ったら別れがいつか訪れる春は一番残酷な季節

満開の桜のジュータン踏む頃はきっと私は「変身」してる


  東京 谷口 悠姫子

桜咲く季節になると思い出すあなたと歩いたこの並木道

さっきまで違う国々照らしてた太陽がまた旅をしてきた


  東京 菊田 綾子

戦争の犠牲はいつも子供達「大人」を選べない悲しい運命

世界を平和へ導くいしづえは偉い大人ではなく素直な子供


  埼玉 松川 秀人

小学生の我が描いた一枚がやけに光の如く輝いている

本当は全ての章を読み切りたい演習用の研究叢書


  大和高田 田中 教子

朝まだきローマの街に降る雨の石畳行くはがねの車輪

教会の鐘の時雨をくぐりぬけ吾を待つ君のもとへ急ぎぬ


  鳥取 石 賀 太

プロと今日打ちし碁を家で並べ返すかう打てばよかつたと幾たびも思ふ

形勢のよき碁をひつくり返されてプロの強さをしみじみ感じぬ


  京都 下野 雅史

急降下せるゴンドラは飛び降りの疑似体験の一瞬なりし

最終の講義を聞くが眠いだけ教師がひとり笑ひしてゐる


  兵庫 小泉 政也

赤信号に飛び出して背筋を走るのは血の予感血の中の視野

君のギターに合わせてピアノを弾きたかっただけどもう君は土の中


  ニューヨーク 倉田 未歩

髪や肌が違っていてもヒトの中身は同じと教えてくれる血の色

そのシャツと上着が合うか合わないか喧嘩で始まる日曜日の朝


  スイス 森 良子

正月の迫る吾が家の台所黒豆用に釘を漬け置く

下げ続く日経平均株価見て夫はもの言わず煙草吸いおり


  札幌 高杉 翠

アユタヤの遺跡を象に揺られ見るはるかに母と妹も揺らる

戦中は漆喰塗られし黄金仏いま微笑みて光放てり


  ビデン 尾部 論

迷ひ居る吾が意写せるリギ山のかがり火か今大きく明滅す

チェコの友招きてペチカに餅を焼く膨らむ度に喚声あげつつ


  西宮 北夙川 不可止

今世紀最後の聖夜連れ立ちて友らと古き聖堂に入る

「前世紀の遺物」となりて一週間何変るでもなきままに過ぐ

選者の歌


宮地 伸一

難儀してこの白峯まで来しならむ西行もまた長塚節も

すさまじき近親憎悪を思ひつつ頭(かうべ)垂れたりみささぎの前



佐々木 忠郎

植ゑて二十年ほったらかしの木賊たち地味に律儀に緑を保つ

ほらそこに春が来てると言ひたげな雪の小鈴の一つ白妙



吉村 睦人

「周恩来ここに学ぶ」の碑(いしぶみ)を今日見出でぬ神保町裏通りに

蝋梅の花の香にまじりゐるひそけきにほひをわれは意識す



三宅 奈緒子

知らぬ駅に下りてさまよふ夢いく夜わがうちふかく安らがぬもの

齢(よはひ)過ぎてたひらにゐつつ折々の夢には若くよるべなきわれ



小谷 稔

地震の後の苦しみは見ねどわが持てるトルコリラに激しきインフレを知る

一万余の人住みしといふ地下都市跡神の異なればかくも逃れて



雁部 貞夫

峡出でて心広びろといましけむこの湖をひとり舟に渡りて

吾が齢とどめ得むかと詠みましし花に託せる心を思ふ



添田 博彬

昇る日も入る日も見るは稀なるに包みて二十一世紀の光差し来ぬ

朝夕に目薬ささむと昨日きめ今日は眼鏡拭きても思ひ出ださず



石井 登喜夫

カメレオンの眠り確めて灯を消せば飼育箱の蟋蟀が鳴きはじめたり

グッピーもネオンテトラも水槽の左側に左側に片寄りてゆく

先人の歌


正岡 子規

佐保神の別れかなしも来む春にふたたび逢はんわれならなくに

いちはつの花咲きいでて我が目には今年ばかりの春行かんとす



伊藤 左千夫

高山も低山もなき地の果は見る目の前に天(あめ)し垂れたり

春の海の西日にきらふ遥かにし虎見が崎は雲となびけり



長塚 節

山茶花よそをだに見むと思へるに散らなくあれな我が去(い)ぬるまでに

かくのごとありける花を世の中に一人ぞ思ふ其の遥けきも



島木 赤彦

坂の上を音してとほる電車には既に灯ともれり嵐の日暮

国遠く来つるわが子を埃あがる日ぐれの坂に歩ましめ居り



中村 憲吉

短か世のつまと思へばうら愛(かな)しひとりのときの涙しらすな

みなぎらふ潮のひかりはおほけなし眼(め)を開きて居て如何にわがせむ



斉藤 茂吉

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる

のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根(たらちね)の母は死にたまふなり



土屋 文明

代々木野を朝ふむ騎兵の列みれば戦争といふは涙ぐましき

汗たれて散兵線に伏す兵を朝飯前の吾は見て居り


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