作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年8月号)


  スイス 森  良子

触れる腕が気になる吾に隣席の男子生徒は何かつぶやく

街娼の近づくたびに先行車の赤きブレーキランプが点る


  札幌 村上 晶子

とりとめのなき言葉など交わしおり静かに過ぐる君との夕べ

あふれ出る想いを言葉にできぬまま頭を君の肩に預けぬ


  東京 坂本 智美

もし仮に茶髪にするなら我が心桜の色に染めてもみたし

地方色豊かな早稲田の森にいて東京人であると思い知らされる


  東京 臼井 慶宣

この群れたる眼下の雲をかき分けてまだ見ぬ城のありやと思ふ

幾重にも薄き緑葉重なりて目にやはらかき北国の春


  千葉 渡邊 理紗

ランドセル舗装道路に投げ出して足で雪山けり上げる子等

信号が変わることにも気づかずに黄昏の街我は佇む


  鳥取 石賀 太

休まむと木蔭求めて来し森に郭公のこゑは間遠に聞こゆ

川近き道端に出でし小判草に夏を間近に感じてゐたり


  兵庫 小泉 政也

何もかも考え過ぎかと思うけど開き直りのすべなど知らず

人はみな孤独を背負って生きるのか僕の孤独の行方も知れず


  京都 下野 雅史

ゴンドラでカンツォーネの声を聞いてゐるリアルト橋を後方にして

千に近い階段を登って目指すのは天と地を模す大天井画


  埼玉 藤丸 すがた

発表会で女の子と思われた僕の声決して幼いわけじゃないのに

流れゆく雲を見上げて空だって空色だけでは駄目だと思う


  宮城 佐藤 元気

文学館と科学館とでどちらがいい枯れ蓮はまだ遺っているぞ

虐め犯が黒板に名を書いて消し多数決にて個人攻撃


  岡山 三浦 隆光

郵便配達夫の試験受けむと言ふ吾に妻はうなづき溜息をつく

1や2や3と子供らに付けるのは誰の目か親はなべてを5とみなしゐる


  高松 澤 智雄

浜辺より吹く風にのりライラックの甘き香りが漂いてくる

心身に良きことと弁えておりながら笑顔をつくるゆとりなくせり


  西宮 北夙川 不可止

休憩時間に路地を歩むが趣味となりホテル勤めもひと月となる

夏はもう遠くはあらじ仕事にて今日水風呂に氷入れたり


  ビデン 尾部 論

泰然たる旋回を解き鷹一羽空より森の中に落ち行く

鐘六つ(ゼクセロイテン)職工等帰宅の合図なり今チューリヒに春告ぐる音

選者の歌


宮地 伸一

咲き溢るる桜を覆ふけさの雪一度か二度かわが生涯に

久々に来し霧ヶ峰に嘆きやまず帰化種のたんぽぽかくも氾濫す



佐々木 忠郎

はびこりし一人静の葉の蔭に咲きそこねたる熊谷草あはれ

一人静に虐げられし熊谷草世話できぬ主を恨むでもなし



吉村 睦人

携帯電話持ちし人骨出土して二十一世紀前半と人は言ふべし

蛍袋の花を出で入る虫のをりいつまでつづくか地球の平和



三宅 奈緒子

齢過ぎていまおもふなり若き父の母と別れしのちのこころも

「親は一人の孤独な他者」と岡本太郎の言葉を思ひ父を思へり



小谷 稔

逝く春に追ひ及くを得て佐久の山の若葉にかかる藤波に逢ふ

佐久の山の若葉に遊ぶよろこびに湖の日照雨のまぶしさも見つ



雁部 貞夫

ピッケルをかつて執りし手に絵筆握りリハビリ七年山の絵描く

桜草の淡き紅描くときヒマラヤ恋ひて心うづくとぞ



添田 博彬

末端価格壱万円と囁かれし眠剤の薬価は只今八円なり

指摘とは異なる前壁の粘膜を辛うじて疑ひカメラにまはしぬ



石井 登喜夫

膝ややに癒えしよろこび筑波山の女山の道の石踏みのぼる

鐘つきて古きみ寺に祈りたりわれ老いたれば衰へたれば

先人の歌

  「近江番場蓮華寺小吟」より 斎藤 茂吉

松かぜのおと聞くときはいにしへの聖(ひじり)のごとくわれは寂しむ

松かぜは裏のやまより音し来てここのみ寺にしばしきこゆる

松かぜのとほざかりゆく音きこゆ麓の田井を過ぎにけるらし

石亀の生める卵をくちなはが待ちわびながら呑むとこそ聞け

み寺なる朝のいづみに槇の木実(このみ)青きがあまた落ちしづみけり


  「北蝦夷」より 土屋 文明

罪ありて吾はゆかなくに海原にかがやく雪の蝦夷島は見よ

つたひ来しみさきの浜に村尽きて雪かがやける渡島(をしま)に向ふ

飛ぶ鳥は雁の如しと思ほゆれ朝日きらひて黒々と飛ぶ

ほがらかに雲雀の声はうらがなし雪のこる牧場の中空にして

枯原の牧場に動く風ありて帆立貝すてし上に立てば鋭し

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