作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年10月号)


  東京 衡田 佐知子

帰り道そっとのぞいた水たまり小舟一隻風に漂う

雨露のシャワーに映える紫陽花の花に思わずわが足止まる


  東京 臼井 慶宣

欧州へしばらく旅立つその前の蝉の声の中に我が身浸せり

しばらく日本離れむと鼻腔いつぱいわれは夏の風を満たす


  埼玉 松川 秀人

進学への気持ち高まり大学院の門を叩きて願書を貰う

記入欄の多き調査書下書きを何度しても上手く書けず


  千葉 渡邊 理紗

寂しさを打ち消すために誰もが謝恩会ではしゃいで過ごす

今という時の記憶を残すためカメラの前にみんなして立つ


  大和高田 田中 教子

足元にオペラグラスが落ちていた昨夜の夢を占っている

校門に羽化の途中の蝉ひとつ引きずりて行く蟻の列あり


  埼玉 藤丸 すがた

父親と同じ匂いのサラリーマンすれ違っただけで気が重くなる

夏バテが演劇部員にやってきて演出の僕もおとなしくなる


  三浦 高村 淑子

初めての後輩だから可愛くてため息を呑み次の指示出す

新入りを知らず知らずフォローしてしまう昨日までの私を見るような目で


  兵庫 小泉 政也

幻聴と言われてしまえばそれまでか夜中に聞こえる我が笑い声

生きることそれを勇気と呼べるなら死を選ぶのは何と呼ぶのか


  京都 下野 雅史

川べりに等間隔に並びゐるカップルはみな夕映えのなか

祇園の鐘に集まりて来る人々の合間を縫ひて矛を見にゆく


  スイス 森 良子

吾が写真いくつも並ぶ母の部屋何を思いて夜毎眠りし

終り無くめぐる思いに起き出でて雑巾がけを真夜中にする

九時間の手術を終えし母の手は確かに吾が手を握り返しぬ

包帯を巻かれし額にかかる髪を退けることしか吾には出来ず


  さいたま 梅宮 里香

父の日に子からもらひしピカチュウのパンツをはきて夫寝転びぬ

若人はスイムウェアに身を包み黒き魚雷のごとく泳ぎぬ


  松本 高杉 翠

愛称で互ひを呼び合ひ過ごし居ぬ何するとなく日曜暮れて

土産物沢山さげてきた父は肩が痛むと次の日に言ふ


  札幌 村上 晶子

わいてくる迷い断ち切る思いにて香るコロンを頬に叩きぬ

アカシアの葉蔭に寄りて心地よき風受けて待つ君の足音


  岡山 三浦 隆光

びつしりと枝につきたる油虫を蟻が喰ひをりそのままにする

ペンキはねし作業着姿でコンビニを闊歩する吾誇らしくもあり


  長崎 篁 風人

鮮やかに水を跳ねたる瞬間に銀の鱗は光とどめぬ

人厭ふこころに結ぶ夢(いめ)のごと今宵満天に星は降りつつ


  西宮 北夙川 不可止

温泉とサウナが吾の持場にてアシスタントマネージャーの職に馴れゆく

ふんわりと焼けしスコーンの香りよく梅雨明け近き夜を愉しむ


  ビデン 尾部 論

吾が持てるスイスの土地は一千坪ぞ事業意欲は吾に戻れり

生き生きと吾のリズムで呼吸するこの毎日を取り戻したり

選者の歌


宮地 伸一

今年また会ひ得しと思ふラベンダーのかをりほのけき夜半の湯にゐて

札幌の美女とは誰のことならむ夜半の湯に入り酒酌みかはす



佐々木 忠郎

春おそく新芽萌えしとよろこびし鉢の一位はいろ枯れてゆく

異常なる日照りとは言へオンコ一木枯らしめたるは人間のわれ



三宅 奈緒子

亡き夫を言ひくるる君も君もゐてこの地に今日は仰ぐ桜島

大正溶岩と仰ぎ来て昭和溶岩群この島に幾代か火を噴ける跡



吉村 睦人

ダックスフントの子犬抱へて今日は来ぬ結婚し平凡に生きゐる吾が子か

戦死せし後の魂をも国家にて支配して来し靖国神社



小谷 稔

帝大教授の誤れる図に並べたる牧野図鑑の精確すがし

蓮池に過ぎたる風の余波が来て新たに葉裏動けるところ



雁部 貞夫

女弟子多かりしかの頼山陽江戸の世なれど自由を謳歌す

愛情が憎悪に変はりし好例か定家自撰本と後鳥羽院隠岐本の「新古今」二種



添田 博彬

甲斐なしと人は言へども死の近く手を伸ばし臥す兎を撫でぬ

堪へ難くなりて頭(かうべ)を撫づる夜半兎は小さく続けて鳴けり



石井 登喜夫

たかはらの一夜のやどり箸に取る青菜の色をよろこびとして

水芭蕉のいまだ幼きかたはらに滲みいづる水のいきほひを見よ

先人の歌

  斎藤 茂吉

  「洋行漫吟」

牛車ゆるく行きつつ南なる国のみどりに日は落ちむとす

マラッカの山本に霞たなびけりあたたかき国の霞かなしも

今しがた牛闘ひてその一つ角折れたるが途のうへに立つ

椰子の葉をかざしつつ来る男子(をのこ)らの黄なるころもは皆仏子(ぶっし)にて

わたつみの空はとほけどかたまれる雲の中より雷鳴りきこゆ


  土屋 文明

  「北蝦夷」

罪ありて吾はゆかなくに海原にかがやく雪の蝦夷島は見よ

つたひ来しみさきの浜に村尽きて雪かがやける渡島に向ふ

飛ぶ鳥は雁の如しと思ほゆれ朝日きらひて黒々と飛ぶ

傾く日にきらふは釧路の国の山か夕ぐれてなほ到りつかざらむ

国土のはるけき十勝をひねもすに雨ぞふりいづ釧路の町なみ


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