作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年11月号)


  兵庫 小泉 政也

八月十五日旗振りデモに出くわして「靖国」かと思いきや「南北統一」

わが性の「小泉」を話の種にして「靖国」を語りあう宿の主と


  三浦 高村 淑子

西瓜もらい我が家の切り方をしてみたり幼き日の夏を味わうために

帰省して「帰っておいで」と友に言われ親の声より胸にこたえた


  京都 下野 雅史

飛行機の中は冷えるよと言ひながら服を選びつつ嬉しと思ふ

上空から花火を見ればどうだらう何故かしきりに確かめたくなる


  紐育 倉田 未歩

ニヶ月の滞在を終えて君が去る八月の朝よ真っ青になれ

君のことを思い出させるこの公園行きたくもあり避けたくもあり


  スイス 森 良子

電話ごと会う人ごとに病む母の話する父をにくしと思いき

母の看とりを終えて帰りし吾が家の軒に尉鶲(ロートシュバンツ)の雛の鳴き居り


  浦和 梅山 里香

己が子になさざる贅沢孫にせりあれもこれもと母は買ひ来て

故郷より戻りし汝は恥かし気に胸の膨らみ教へてくれぬ


  松本 高杉 翠

両親が帰れば夫はくつろぎて仰向けになり手足投げ出す

年内に子は宿らむか眠きなか基礎体温を今日も測りぬ


  札幌 村上 晶子

真夏日という名が恋し札幌は蝉の声なく夏過ぎゆけり

日射し受けナスタチウムの丸き葉の小さき葉蔭も濃さを増しゆく


  東京 臼井 慶宜

草花のそよぎて我は落ち着けり氷河の麓の清き長閑さ

アルプスの切り立つ峰を凌駕して空は総てを飲み込まむとす


  千葉 渡邊 理紗

好きという言葉の重み噛み締める君のとなりで微笑みし時

この町に好きだった人が住んでると告げたら父の反応いかに


  大和高田 田中 教子

イザナギとイザナミの神の夫妻さえ愛の終りは醜き言葉

母猿は小猿の尻尾を足で踏む吾は子の腕きつくひっぱる


  西宮 北夙川 不可止

嵐の夜勤めを終えて帰らずにプールに来れば誰ひとり居らず

ホテルマンと客といふただそれだけの縁の人の死に弔電を打つ


  長崎 篁 風人

周縁に光はなやぐ暁(あけ)の雲中空(なかぞら)にしてやすらはずなほ

いつしかも北へ移れる雷鳴の生きねばならぬわれに響かふ


  岡山 三浦 隆光

素人吾に大工の心得説く時の若者の目は輝きてをり

押し切りといふ電動工具重くして運搬は吾の仕事となりぬ


  ビデン 尾部 論

吾が知らぬ照明弾の色合いかルツェルン上空の稲光に思う

筋なしてジュラの雲間より夕日射すその一筋を吾は浴み立つ

選者の歌


宮地 伸一

虐待され幼き命死すといふ記事は堪へ難し見出しのみ読む

手をつなぐ若き男女よ虐待もされずに生きて楽しむ今か



佐々木 忠郎

幾たりか待つ友のゐるふる里に不義理重ねて行かぬ五年

まつたりと甘き宇治の茶飲みほしていざやと机にむかふ秋の夜



三宅 奈緒子

閉ざされて幾代を経たる山谷に人住み清水に岩魚やしなふ

丘に来てマユミの大樹仰ぐなどときゆるやかに今日の日をあり



吉村 睦人

死語などと言ふべきならず休止語と言ふ語思ひつき心落ち着く

「青鞜」の千原代志即ちわが母を卒論に書かむと女子学生訪ね来ぬ



小谷 稔

岩に砕けあるいは岩に順ひて水ゆく見つつ汗はをさまる

乳色の花のやさしき茗荷摘む治水の功を記す碑のそば



雁部 貞夫

「ひょん」の笛鳴らせば楽し健やかな升(のぼる)少年来るかと思ひて

子規没し百年のちに吾等来て「ひょん」の笛吹く御寺の庭に



添田 博彬

癒え難き癌患者を診にゆかむとする時の躊躇はドラマに出でず

無駄多き看護婦は無駄を理解せず人よりも気か゜付くと思ひゐるらし



石井 登喜夫

あららぎ村の谿道を来る茂吉見ゆみほとけよりも直接にして

かがやきてさざれの上をつたひくる水はかすかな音となりつつ

先人の歌

  斎藤 茂吉

  「洋行漫吟 2」

空のはてながき余光をたもちつつ今日よりは日がアフリカに落つ

海風は北より吹きてはや寒しシナイの山に陽は照りながら

はるばると砂に照りくる陽に焼けてニルの大河けふぞわたれる

黒々としたるモッカを飲みにけり明日よりは寒き海をわたらむ


  土屋 文明

  「根室」

ほがらかに雲雀の声はうらがなし雪のこる牧場の中空にして

枯原の牧場に動く風ありて帆立貝すてし上に立てば鋭し

寒き風吹き来る海の遠く霞みただ淡あはし千島の雪の

蝦夷の島ここに尽きて千島の雪の山国後の島は渡りたく思ふ


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