作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成14年2月号)


 京都 下野 雅史

流星の一瞬の美に魅せられて友によろこびのメールを送りぬ

秋は「死」に近づくことと思ひつつ秋咲く花の多きにおどろく


  兵庫 小泉 政也

まだ見えぬ未来の僕は何をして何に捕らわれて生きるのだろう

学校に行く気のしない日々にすらバイトに通う自分が不思議


  ニューヨーク 倉田 未歩

イチローがいてもシアトルは遠い街応援するのはやはりやンキース

頭痛がして発熱すれば炭疽菌かと心配する吾を夫が笑う


  東京 臼井 慶宣

遠き空に富士は初雪頂きぬ新しき朝我を包まむ

金色の雪の如き落葉にて隠さるる路の新鮮に見ゆ


  大和高田 田中 教子

板橋を渡せる谷の傍らに高く伸び来る山百合二本

鈴虫の最もよく鳴く一匹に触覚一本欠けておりたり


  埼玉 松川 秀人

あと何年この図書館に通うのか考えてみると気が遠くなる

この場所にいられることの幸せを思いつつわれは本を読みいる


  さいたま ニ瀧 方道

二人して歩いた道もこの秋は秋桜ゆれて吾が影一つ

明日又ねと帰った君の事故死の報明日の意味が信じられない


  スイス 森 良子

庭に摘み塩に揉みたる桜の葉たぎる湯の中に匂い立ちたり

ローソクの灯りはときに揺らぎつつ夫と踊らん夜の明けるまで


  松本 高杉 翠

ワインの似合ふジャズなら嬉したどたどしく練習曲の流れくる官舎

板越しに出る刻声で交し合ひ若き女は湯舟出でゆく


  高松 澤 智雄

知り合いて間もなき人が金貸せと言いて信用してくれと言う

ゆすられたように金銭を用立てて当惑している吾のつたなさ


  西宮 北夙川 不可止

逢ひしことなき人よりのメールにて早も凩吹くと知りたり

茶の髪を日々黒くして勤務せりアッシェンバッハになりし心地に


  長崎 篁 風人

「十字軍」ふと洩らしたる一言に身は凍りたり傍観者なれど

戦ひに敗れし日よりもの言はぬ老人はいま何を見つつあらむ


  岡山 三浦 隆光

みづからを強く大きく偽りて疲れ果てたる教員時代

大工に頭を下げて習ふ日々漸く心の平安を得ぬ


  ビデン 尾部 論

ビデン一帯の黄葉に吾が庭のacer japonica朱色を添える

シャンデリアの淡き明りの暈の中不安抱え居る吾が影のあり

選者の歌


宮地 伸一

木星は月の真下に今宵在りしたたり落つる雫の如く

米をとぐ故にやあらむ指のあかぎれはこの冬も去年(こぞ)と同じところに



佐々木 忠郎

切り忘れし薔薇の徒長枝ひと枝に紫冴えて花一つ咲く

「たそがれ」といふ名なれども此の薔薇の依怙地は徒長枝に花を咲かせぬ



三宅 奈緒子

仙台掘川その名親しきに沿ひてゆく桜樹わづかかへり花して

小名木川わたりて今日の行きを終ふ砂町にあたたかき秋の一にち



吉村 睦人

温暖化さらに進むか十二月に東京の露地にダチュラなほ咲く

地雷のことをmineと呼ぶをいぶかしみき自衛隊に入りし少年われは



小谷 稔

奥明日香冬野の村は来るたびに家減り減りて残るは一軒

金網をひろく張り雉子を飼ひてゐし家は残りて住む人のなし



雁部 貞夫

九十歳越えて健やかなるマライニ氏日本学をイタリアに樹(た)つ

「チトラルハ未踏ノ山ノ宝庫デス」吾が生涯の指針となりし一言



添田 博彬

わが疎き循環器を病む人の添書心戒めて書けど恥づかし

開業の三十四年に死にし人の十人こえぬは有難きかな



倉林 美千子

空の茜にわが身さながら染まりつつ観覧車は今昇りつめたり

湾出でし客船はやがて一塊の炎と見えて闇にまぎれぬ



實藤 恒子

わが行きしアンデスに電波望遠鏡の並ぶ壮観は思ふだに楽し

仕事終へなほハワイより賜ひし豆を碾きブルーマウンテンを楽しまむかな



石井 登喜夫

「紅葉狩」に鬼女となりゆく時蔵を偲びつつ阿寺の谿を分け入る

谿川のジェイドの色を背景に岩畳に妻をひとり立たせぬ

先人の歌

  斎藤 茂吉

時により湖水のごとき寂しさを峡(かひ)のラインは示しつつあり

山の上なる古き砦の外貌のこの安定をひとは好みし

Beethoven(ベェトゥフェン)若いかりしときの像の立つここの広場をいそぎてよぎる

Dom(ドウム)にはしばしば入りぬ敗戦の悲哀示さぬここのDomに


  土屋 文明

真鶴の岬の道に霜にあひし楠のひこばえ抜きつつぞゆく

暖かき真鶴村にトマト植ゑてのどかなる父子(おやこ)富めりとも見えず

潮干に遊び居たりし女等の帰りには拾ふ松の落葉を

吾が友も吾も一日(ひとひ)はゆたかなり春ともしるき磯の香の中


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