作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成14年1月号)


 ニューヨーク 倉田 未歩

いつのまにか白い粉が銃より怖い物になったこの街この国この世界

感染のニュースに始まり爆撃の知らせで終り日付が変る


  京都 下野 雅史

今見ても鮮やかなりし海の色写真に吾の充足の笑み

何もかも静まりかへるボラボラ島真夜中に波の音のみ聞こゆ


  兵庫 小泉 政也

レントゲンにわが靭帯は切れていてまるで芸術のように綺麗だ

四週間ぶりにギプスの取れた右足は微妙に軽くて戸惑い歩く


  スイス 森 良子

花の鉢に水注ぎたり受話器より弾める母の声聞きしのち

愛おしさを感じつつ読む母の歌一つ一つに孤独が滲む


  浦和 梅山 里香

汝が持てる狩猟本能目覚めしか素手にてザリガニ次々捕らふ

逃げるもの追ふは男の本能か泥にまみれてザリガニを追ふ


  松本 高杉 翠

この夏の猛暑が甘き実を結ぶ口に巨峰を含むしあはせ

たれ込める霧の匂ひて白き朝駐車場へと足早に行く


  京都 池田 智子

薩摩芋も南瓜もくりも味華やかにプリン売り場は色づきて秋

午後二時に二十世紀を頬張りて最高気温二十二度晴れ


  東京 臼井 慶宣

空を見ることも忘れてゐし我にまるく黄色き月優しかり

引つ掛かるもの抱へし心で眺めたり渋谷の街にかかれる靄を


  東京 石井 真実

緊張と不安と期待をバスに乗せ毎日通った自動車学校

ハンドルをぎゅっと強く握りしめ手に汗かいた初の高速


  東京 工藤 玲子

武蔵野の黄金の銀杏の下を行く手編みのマフラー赤の温もり

夢追えず現実選んだ親友の愚痴を聞きつつ探す我の道


  東京 衡田 佐知子

人知れず舞い散る姿美しと言われることなくキンモクセイは散る

やわらかな月のライトをあびながら静かに始まる虫のオーケストラ


  さいたま 松川 秀人

拾い主への礼の電話を急がんと震える両手でダイヤルを押す

「拾っただけです」と優しく語りしその人の人柄受話器より伝わってくる


  朝霞 松浦 真理子

「私が二人いればいいのに」と言う君の心も二つあるのだろうか

待っていた手紙が来ればたちまちに望みは次の手紙へと移る


  さいたま ニ瀧 方道

シクラメン店頭に並ぶ季節来ぬ残り少なき日にせかさるる

富士登山の思い出を文に書き残し友はアメリカへ帰りて行きぬ


  松戸 渡邊 理紗

はればれとした表情の後輩は我より先に職場より消ゆ

文化祭に銀杏並木を踏むことを楽しみにして仕事を励む


  大和高田 田中 教子

信じぬと君は言うかもしれぬけど言葉は流れる水の性質

なくしたる部分に気付かずくりかえすパズルにも似た我が三十年


  鳥取 石賀 太

図書館の司書として今日より勤めゐる君思ふ窓に秋雨の降る

さにつらふ君はカウンターの奥にゐて何やら葉書に描きをるらし


  西宮 北夙川 不可止

昼すぎて降り出でし雨やまぬまま小さきチャペルに響くオルガン

隠しごと秘め持つ吾か晴れてゆく空に取り残されし雲あり


  岡山 三浦 隆光

運動会の屋台の横を過ぎしとき「手をつないでもいい?」と妻は問ひけり

妻を得し筑波の裾のかの街へ今年こそ吾子を伴ひゆかむ


  ビデン 尾部 論

パスポートを見せラブレターを発送するバイオテロ措置のなからんことを

携帯にうらやましいなと父の声吾はオクトーバー・フェストにビール飲む

選者の歌


宮地 伸一

流星群見むと深夜を出で来しに一つ二つのみわが上空は

東京に数限りなき星を見し昭和の初め恋しくもあるか



佐々木 忠郎

新アララギ創刊の年に芽生えたるこのアララギ永らへよ百年(ももとせ)までは

しらじらと明けゆく窓に朱の筆とる吾に天与の仕事と思ひて



三宅 奈緒子

シベリアに孤独に耐へて住みし人意欲と失意をひと夜かたらふ

一つ恋の終りも語り君明るし仕事のたしかな手ごたへ言ひて



吉村 睦人

貨物専用線廃止となりて幾年か未だ残れる踏切警報器

先生の歌に残れば火葬場の跡をも見むと連なりてゆく



小谷 稔

手仕事の手にいきいきとしなやかに陶土を回すはみな若き人

機械計器なき親しさよ登り窯は火入れの前の深きしづまり



雁部 貞夫

ただ一度ブルハーン邸に語り合ひきソ連撤退を見通してゐき (マス−ド氏)

チトラル帽を好むと言へば微笑めり氷河の水を掬むにも良しと



添田 博彬

ほの白く咲き垂るるダチュラは夜更けてわが思ふごと香り立ち来ぬ

暁に無性に風呂に入りたかりしは熱出づる兆と横たはり思ふ



倉林 美千子

枝先に吹かるる柘榴仰ぎゐて危ふし今の吾のこころは

大切な誰をも傷つけず済みたりと夜半遠くゆく列車聞きゐつ



實藤 恒子

工事の音鵯の声しづまりて白湯にセージのくれなゐ浮けぬ

よろこびて賜ひし便り幾十通か今宵灯の下に身の引き締まる



石井 登喜夫

アレキサンダー東征の図にカンダハルを示す地点のありて驚く

残飯冷凍輸出は今も続けをりや目まぐるしき世界経済変転の中に

先人の歌

  斎藤 茂吉

イサ−ルの青きながれとひと歌ふこの山川のあはれとどろく

戦(たたかひ)にやぶれしあとの国を来てわれの心は驕(おご)りがたしも

基督の一代の劇壮大に果てむとしつつ雷鳴りわたる

青き野が峡(かひ)のあひだにつづけるに牛の頚の鈴をりをり聞こゆ

山かひのさびしき村に立ちてゐる寺の尖塔は心をしづむ


  土屋 文明

日ごと日ごと文字の中に明けくれて街のとよみに心むなしき

遠き代の人の名前を分類すそをだに明日のたのしみとせむ

藤原の宮にしらしし古へに吾が子に銭と名づけし親あり

うま人はうま人どち富人(とみびと)は妻子を率(ゐ)吾は焼銀杏かひてさげゆく


バックナンバー