作品紹介

若手会員の作品抜粋



(雁部貞夫選)


 茨城 田代 優子

瞳(め)の裏で踊る自由を抱きしめてテレビの中であえぐブルカ達

新聞のアフガンひろげ眠る男(ひと)タリバン遠し戦後五十年


  東京 臼井 慶宣

上空に澱める雲を噴き出して夜明け前の海おし黙りたる

煌めける一つ一つは北国の遺伝子ならむ小樽の風景


  千葉 伊藤 弘子

誤字脱字用字用語仮名遣ひ読者の折も文字のみ見てゐる

理不尽な仕打ちと思へど耐へ忍ぶ編集者(エディター)の夢をただ叶へたくて


  大和高田 田中 教子

雨の日はバケツ並べて雨漏りの雫集める図書館に入る

熟れすぎて地にこぼれたるにが瓜の種の色した今日の落日


  兵庫 小泉 政也

漢口(ハンガン)を見下ろしながらとめどなく流れる涙の理由を思う

日帝の過ちは消せないだろうけど誰ひとり僕を憎しみで見ず


  ニューヨーク 倉田 未歩

ジャンボ機が丸ごと凶器に使われたことを考える窓側の席で

建物の中で吸う人に注意出来ずノンスモーカーのストレス溜まる


  スイス 森 良子

友の子を抱き笑みたる吾が写真机の一番奥に仕舞いぬ

戦争を過去としユーロを受け入れた三億人のエネルギーを見よ


  京都 池田 智子

雑踏の梅田の街をどっしりと見おろしており大観覧車

皆がみな小型液晶と格闘だ二十三時の大阪駅は


  西宮 北夙川 不可止

祈る手を象る銀のピアス着け元日の朝を職場へ向かふ

コープランドのシンフォニー聴き紅茶飲む早番の夜いつもの店で


  ビデン 尾部 論

Dufour(デュフォール)の地形図にWyden(ビデン)の表記あり我家は山道の途切れし辺りか

「うん」と「はい」を交えて妻は電話し居る注連縄の礼を母に言うらし


  岡山 三浦 隆光

妻の髪に初めて触れし池の畔今日は吾子等と四人で歩く

夕暮れに吹雪はやまずカーナビを見つつ向かひぬ銀山の湯へ

選者の歌

  東京 宮地 伸一

値引きする時間となりて呼びかくる声のまじはるなかを見めぐる

中落ちのまぐろ買はむと慎重に見比べてをりけふのゆとりに


  東京 佐々木 忠郎

入れ替へし庭土合はぬかこの冬は雪の小鈴のみどり乏しき

三ところにほそほそ萌ゆる雪の小鈴まだ生きてると花の芽を抱く


  三鷹 三宅 奈緒子

森と湖の青きリトグラフ東山魁夷を掲げわが新しき年

この居間の橙色(とうしょく)にかがやくときありて冬の夕日が富士に落ちゆく


  東京 吉村 睦人

負荷検査の結果は意外によいといふ久し振りにキュラソーを少し舐めむか

ビール一本ピーナッツ一皿注文し妻と一時間ときを費す


  奈良 小谷 稔

アフガンのいくつかの種族の名を覚え心は晴れずこの年を越す

傾きゆく国のならひかアメリカも日本も強引なるトップを支持す


  東京 石井 登喜夫

アペタイトいまだに残り白百合の花の蕋にも心ゆらぎぬ

漠々とせる思ひにて「コーラン」を歳晩の夜の枕辺に置く


  東京 雁部 貞夫

雪の来し小鹿田(をんた)皿山下り来て日田に酒酌む妻も飲み乾せ

日田の酒熱きに体を温めて鮎寿司一尾妻と分け合ふ


  福岡 添田 博彬

信州より帰り来て無事なるを知らされぬさう言へば息子はニューヨークに住む

ビル崩壊告げ来ざりしが炭疽菌に効く抗生剤送れと言ひ来ぬ


  さいたま 倉林 美千子

凍る夜の明けむとしつつ雷の丘の向うに星一つ落つ

甘樫の丘は夜明けぞ蝦夷(えみし)入鹿(いるか)人々集へ探湯(くがたち)をせむ


  東京 實藤 恒子

アフガンの空爆のさ中に聴くオラトリオ「天地創造」は心にぞ沁む

ミレナリオの光はモスクのモザイクに似てアフガンの戦場をまた思はしむ

先人の歌

  斎藤 茂吉

チロールの山間(さんかん)の都市まだ寒しよろひたる雪の反射に近く

チロールの山の奥なる限りなきアルプの山に陽(ひ)はかたよりぬ

太陽はまばゆきひかり放射してチロールの野に草青く萌ゆ

大きなる馬を街上に見るときは吾心(わがこころ)なごむもの運ぶ馬


  土屋 文明

子供つれて君上海をのがれ来ぬ恙(つつが)なくしていたく痩せたり

上海のいくさの写真今日見るは柳萌えし水に兵一人立てり

目の前に亡ぶる興る国は見ぬ人の命のあまたはかなき

新しき国興るさまをラヂオ伝ふ亡ぶるよりもあはれなるかな


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