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○ |
東京 |
宮地 伸一 |
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ふたたびの手術を受けむ時となり物言はずゐる息子も我も |
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髭剃りなど届けて病室を出でて来ぬ築地の街も夜はひそけし |
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○ |
東京 |
佐々木 忠郎 |
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雪の小鈴に庭の土合はぬと詠みしわれに遠き友より土送りきぬ |
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この夏はふるさと函館の土踏むと足馴らすなり杖にたよりて |
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○ |
三鷹 |
三宅 奈緒子 |
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春にならばならばと待ちて終りにきかの三月の日々寒かりし |
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今日の命を今日よろこぶと詠ひたりのぞみを持ちて人は励みき |
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○ |
東京 |
吉村 睦人 |
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死に近き己れにれより添ひて寝る夢なりききぞ見し夢は |
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「地雷」などと雷様を使ふなよ人の造りしおぞましき物に |
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○ |
奈良 |
小谷 稔 |
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渡来せしは人のみならず桧前の畦に明るき西洋タンポポ |
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竹群が里山を侵し荒らす例けふわが仰ぐ南渕山も |
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○ |
東京 |
石井 登喜夫 |
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風なきによろこび出でて一枝の蝋梅を持つ少女に逢ひぬ |
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うつつなくまた夢となくつづきゆく追憶の中のあたたかきもの |
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○ |
東京 |
雁部 貞夫 |
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雲南の煙草と手漉きの紙を得て午後の茶房にしばし妻待つ |
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大釜のたぎる油に放り込み蛇も蠍も意外に旨し |
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○ |
福岡 |
添田 博彬 |
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農地解放に田を失ひし伯父叔母ら天明に救ひ米出ししを誇る |
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黄沙のなか形おぼろなるビルの灯が点れり吾の眼を刺すごとく |
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○ |
さいたま |
倉林 美千子 |
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難民の中の余力のある者が追ふ落下してくる食糧の梱包を |
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国破れて山河はありき空襲無き森にひねもす蝉を聞きにき |
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○ |
東京 |
實藤 恒子 |
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四百年を隔てて再び現れし彗星は戦国の武将も見しか |
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惑星二つ星座にすわる絢爛に今宵コニャックを相注ぎ合ふ |
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