作品紹介

若手会員の作品抜粋


 スイス 森 良子

日本のニュースを夫と見て居れば祖母の映りぬ触れ得るほどに


  松本 高杉 翠

ベトナムのいとけなき子ら刺繍絵の農婦を慣れし手つきにて刺す


  東京 臼井 慶宣

骨の如く天を突きたる枝々に春の生命(いのち)の色は鮮やぐ


  東京 田辺 ともみ

青空にぼんやり浮かぶ白き月社会に入れぬ私みたいだ


  東京 衡田 佐知子

駅前を行き交う人は息白く振り返らずに光の街へ


  埼玉 松川 秀人

図書館の周りもすべて警察の車で埋まる霞ヶ関は

政治的圧力ありてしらけゆくオリンピックなど辞めてしまえ


  朝霞 松浦 真理子

お互いを知っていたかはあやふやにその日は優しかったという事実


  千葉 渡邊 理沙

垂直にたれ幕下げるアドバルーンその周辺をとりまく微風


  大和高田 田中 教子

青空に宙返りするチアガール 勝者の向うに敗者いること


  鳥取 石賀 太

見上ぐればしだれ桜の大き幹を天より垂るる花が飾るも


  京都 下野 雅史

まだ若いそんな思ひを胸に秘めたちまち足はキャンパスに入る


  兵庫 小泉 政也

軍服の若者達とすれ違い日本に生まれた良さひとつ知る


  倉敷 大前 隆宣

上司の命令のままに働いてよい知恵も計画も浮かんでこない


  西宮 北夙川 不可止

砂塵舞ふ枯田の中に新しく十字架つけし教会建ちぬ


  岡山 三浦 隆光

海岸に車を止めて潮を待つ夜明けと共に引きゆく潮を


  ビデン 尾部 論

泣言の歌稿は全て破り捨つ今日の仕事に成果のありて

選者の歌

  東京 宮地 伸一

ふたたびの手術を受けむ時となり物言はずゐる息子も我も

髭剃りなど届けて病室を出でて来ぬ築地の街も夜はひそけし


  東京 佐々木 忠郎

雪の小鈴に庭の土合はぬと詠みしわれに遠き友より土送りきぬ

この夏はふるさと函館の土踏むと足馴らすなり杖にたよりて


  三鷹 三宅 奈緒子

春にならばならばと待ちて終りにきかの三月の日々寒かりし

今日の命を今日よろこぶと詠ひたりのぞみを持ちて人は励みき


  東京 吉村 睦人

死に近き己れにれより添ひて寝る夢なりききぞ見し夢は

「地雷」などと雷様を使ふなよ人の造りしおぞましき物に


  奈良 小谷 稔

渡来せしは人のみならず桧前の畦に明るき西洋タンポポ

竹群が里山を侵し荒らす例けふわが仰ぐ南渕山も


  東京 石井 登喜夫

風なきによろこび出でて一枝の蝋梅を持つ少女に逢ひぬ

うつつなくまた夢となくつづきゆく追憶の中のあたたかきもの


  東京 雁部 貞夫

雲南の煙草と手漉きの紙を得て午後の茶房にしばし妻待つ

大釜のたぎる油に放り込み蛇も蠍も意外に旨し


  福岡 添田 博彬

農地解放に田を失ひし伯父叔母ら天明に救ひ米出ししを誇る

黄沙のなか形おぼろなるビルの灯が点れり吾の眼を刺すごとく


  さいたま 倉林 美千子

難民の中の余力のある者が追ふ落下してくる食糧の梱包を

国破れて山河はありき空襲無き森にひねもす蝉を聞きにき


  東京 實藤 恒子

四百年を隔てて再び現れし彗星は戦国の武将も見しか

惑星二つ星座にすわる絢爛に今宵コニャックを相注ぎ合ふ

先人の歌

  斎藤 茂吉

黒貝(くろがひ)のむきみの上にしたたれる檸檬(れもん)の汁は古詩にか似たる

ヴェスウ゛イオの山がかなたに松の樹が金(きん)の粉ふきしごとき空にたつ

噴火にて滅しはてしとおもひしにあはれなるかなや貧富の跡を遺せる

ナポリより来りて見れば海の空気より山の空気にうつりてゐたり

うすぐらきドオムの中に静まれる旅人われに附きし蝿ひとつ


  土屋 文明

吾が父の老眼鏡をかけたるは今の吾より若かりしと思ふ

妻も子もなき世を経むと思ひけり友とあそばぬ少年なりき

飽き足りし世のねがひには家をすてし人の収入は幾許(いくばく)なりけむ

土をふるひ春咲く花の根を植うる一時(ひととき)だにも吾はゆたけし

幾年(いくとせ)かねがひし風呂桶を買ひ来り五日ばかりはつづけざまに浴む


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