作品紹介

若手会員の作品抜粋


  宇都宮 秋山 真也

爽やかで軽やかな風毎日がいつもと同じ失業の日々


  東京 臼井 慶宜

積乱雲の土台を従へ天球の高き際立つ尾瀬の夏空


  京都 下野 雅史

街中にゴッホの描きし絵の位置がありて何気なく通る愉快さ


  愛知 高村 淑子

海の傍に住みたいという我らまだ子供の遊び心のままか


  大阪 浦辺 亮一

地下鉄の窓の暗闇に目を据えてニーチェの言葉思い出しおり


  倉敷 大前 隆宜

この体を炎のように燃やしても希望が持てる仕事に就きたし


  スイス 森 良子

吾と共に家に篭れる犬の寝顔見てふと思う職を得たしと


  大阪 大木 恵理子

ため息をつきつつ働く隣の女性疲れのリズムはわれと同じく

選者の歌


  東京 宮地 伸一

篭に飼ふ生き物の脇に臥す男今宵も見て過ぐ駅の広場に

故障せる機械は臓物をさらけ出し辛うじて抜く切符ひとつを


  東京 佐々木 忠郎

気根垂るる赤榕を見むは夢の夢庭に蔭するまでは生きむか

墓守る人なき手稲のみ祖の墓思はぬ日もなくわれ老いにけり


  三鷹 三宅 奈緒子

月下美人の白き花びら酢にひたしひとりの夕餉す暑き日暮れて

夏樹々しげる自然園ゆきて何なさむ幼なごと並び象を見てゐる


  東京 吉村 睦人

食ひたきものなべて食ひたる思ひしてわが食欲の衰へてゆく

サッカーに騒ぎゐる間も自殺テロにその報復に死にゆく人ら


  奈良 小谷 稔

アララギに抗ふほどのいきほひのありし日懐かしそれぞれ若く

移る世に古き小詩型の雑誌まもり二十年よく堪へしと思ふ


  東京 石井 登喜夫

廃校の庭の草踏み靴濡れて少年徳田白楊の像に近づく

欅植ゑて四代のちを待つといふ友のあかるき声をよろこぶ


  東京 雁部 貞夫

路の辺の古物の店に得し小石ギリシャ先哲の面影刻す

ヒンドウ・クシュの麓の町に得しひとつ今も机上にバッカスの神


  福岡 添田 博彬

小津ほどの美しき日本語と言ふ吾にアナクロニズムと声出し笑へり

一律二割の負担をねがへども味方面するマスコミは恃み難きかな


  さいたま 倉林 美千子

次の世は花に生れむと言ひたりき何の花ならむ聞くを忘れぬ

目をあけて吾に問ひたるひとつことあはれ人には告げずにをりぬ


  東京 實藤 恒子

水の音に沿ひつつのぼる滝坂の道は散り敷く忍冬の花

原生林の雨にゆきゆく石畳の道に鶯の声縦横に

先人の歌


  吉田 正俊 歌集「朱花片」より

このごろの目ざめわびしも朝床に身の振り方をつくづくと思ふ

汗あえて夏の日中をゆきつつぞ烈しき陽射われはすがしむ

夏帽子あかるき色を選びつつしばしゐしかどすでにもの憂し

この通りにいつしか出来し葬儀屋の造花の蓮に日の照りてをり

夜ふけ空にときのま光る遠き雲ただ事もなく過ぎゆく吾か


  柴生田 稔 歌集「春山」より

音澄みて羊の鈴のひびきくる山の写真にわれもやすらふ

逢ひたくて出でて来つるをいつしかもはかなくなりてひとり歩めり

すべなくて今夜来にけりレコードの鳴る地下室にひとり下りゆく

身に沁みてさびしき午後は川こえて煤降る街をおもひうかべつ

をさなきより冷かなりと言はれ来つ思ひてみればすがしかりけり


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