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○ |
東京 |
宮地 伸一 |
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親父さんと呼びゐし息子が退院して帰りしのちは父さんと言ふ |
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求むるにいつもてこずるこの機械けふは素直に切符を落とす |
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○ |
東京 |
佐々木 忠郎 |
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幼き日木の上に食べしを思い出づ紅き実つきしオンコ届きぬ |
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寂しきこと次々ありて憂さ晴れずこの月の八首なべてちぐはぐ |
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○ |
三鷹 |
三宅 奈緒子 |
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過ぎ去(ゆ)き早しと来りて夫の嘆きしがその山渓に今日は宿れる |
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若き文明と並べる青年期の写真ふるさとの室に亡き夫のコーナーがあり |
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○ |
東京 |
吉村 睦人 |
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悲しみにうちかつ術をわが知れり今日もひたすら仕事に向かふ |
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生きて来し七十二年は何ならむ月の下びを行きつつ思ふ |
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○ |
奈良 |
小谷 稔 |
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吾よりも老いたる人を見ぬこともすがしかりけり伊吹嶺に立つ |
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五年経て五年の澱(おり)の溜まるとも高く目指さむ一つ灯のもと |
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○ |
東京 |
石井 登喜夫 |
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年々の会に年々の病持ちわれを鞭打つこともはかなし |
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広き窓に春ともまがふ若緑かがやくものを出でても行かず |
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○ |
東京 |
雁部 貞夫 |
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温暖化はカラコルムの氷河地帯へ及べるかメールは伝ふ友らの遺体出でしと(バルトロ氷河) |
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K2に近くこごしきかの氷河永遠(とは)の臥し所と思ひゐたるに |
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○ |
福岡 |
添田 博彬 |
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定山渓へは此処より分れむと雲の上の尖れる山々を振り返り見る |
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諦むる心にならず湖(うみ)に出でて巡る間に恵庭岳真面(まとも)に見え来 |
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○ |
さいたま |
倉林 美千子 |
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昨夜いくつ蝉は生れしや列成して殻並びたり庭の辛夷に |
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三十五年の龍之介百年の土屋文明涙ぐましも人の一生(ひとよ)は |
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○ |
東京 |
實藤 恒子 |
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開眼の翌年に来し鑑真は廃ひし眼(まなこ)にいかに観じけむ |
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光明子のかの強き文字も思ほえてもとほる陵に夕闇迫る |
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