作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年3月号)

  大阪 大木 恵理子

この職場に会ひたる多くの悲しみを思ひて最後の勤め終へて出づ


  東京 臼井 慶宣

新聞紙に叩き潰されし青蝿のもはや二次元となりし無機質


  東京 山崎 梨絵

爽やかにまたねと手を振る老婦見て自分の未来ふと重ね見る


  東京 細谷 恵美

黒猫はいつもの道でのっそりと朝日を浴びて背筋を伸ばす


  東京 八重田 幸子

夕暮れのゆらゆら映す木の影は手まねきをする人にも見えて


  東京 中川 小百合

透明なガラスのマントを手に入れて冷たい空の風を切りたい


  埼玉 松川 秀人

合格祈願と大きく書かれた絵馬の中に我が母校の名も見つけたり


  さいたま 二瀧 方道

「また明日」と言葉を残し逝った君の時計は今も時を刻みいる


  朝霞 松浦 真理子

雪中に幾度も出会う消防車の赤は不安をかきたてる色


  鳥取      石賀 太

去年わが配りし電話帳そのままにポストにありぬ今年もゆけば


  愛知 高村 淑子

夜の明けの変化してゆく空の色モスクの色も淡くなりゆく


  京都 下野 雅史

動物を真先に見つける競争にいちはやく吾はわが名を叫ぶ


  大阪 浦辺 亮一

街灯の光の中を見上げれば降りくる雨の形が見える


  尼崎 小泉 政也

鏡を見れば父に似ている感じにて父の二十代の頃が気になる


  宇都宮 秋山 真也

昼食の済みて車中の日溜まりに目を閉じ身を置く冬のひととき


  倉敷 大前 隆宣

役立たずとあるワーカーにののしられ全身が冷たくなってしまいぬ


 ニューヨーク 倉田 未歩

コバルトブルーの海が夕日に照らされてペリカンは魚を狙い続ける

選者の歌


  東京 宮地 伸一

雪の上に八重咲きの赤き花散れるこの道通はむもあと幾たびか

生涯にただ一度パチンコをやりしかな隣にいましき五味先生も


  東京 佐々木 忠郎

発行所の移転は一月八日大安と決まりて編集会議終りぬ

年明けて大安けふは移転の日空は晴れたり風も凪ぎたり


  三鷹 三宅 奈緒子

時々の歓びに忿(いか)りに神田川をわたりき五年はやく過ぎたり

言葉なきままいまなほ病める人を思ふこの発行所に努め努めし


  奈良 小谷 稔

果て知らぬ大いなる国に今ぞ来て遡りゆく闇の長江

父も兄も兵としてこの国を踏みき歌を拾ひてわれは旅人


  東京 石井 登喜夫

特攻史料舘に写真は飾らずと在りし日の父君哭きて告げまししものを

苦心して見つけし写真納め得て鹿屋基地史料舘を立ち去る


  東京 雁部 貞夫

身みづから六十二年の生を断つ汝も会津の裔の一人か  (弟逝く)

吾の持つ弟の髪ひと握り法顕越えし峠に埋めむ


  福岡 添田 博彬

憶良最中は廃鉱の町の身過ぎの知慧と気付きたるとき吾は噤みぬ

ホッパー跡はベンチひとつある広場となり雨静かなる町に人見ず


  さいたま 倉林 美千子

編集室に父と並びてものを言はずそれぞれの紙面作り合ひにき

父逝きてなほわが続けゐる仕事父を懐かしむ人らの間(あひだ)に


  東京 實藤 恒子

泳ぎ来て火照るからだに歩み出づ残るもみぢに雪置く下を

降る雪の川面に消えつつ神田川に立てる蒸気は低く這ひゆく


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

鈴鹿嶺の隆起より八百万年か伊賀より刻々移りし琵琶湖

一億年のちの容(すがた)を思ひ見る年三糎今も動く琵琶湖の


  小山 星野 清

あまたなる日本人訪問者の一人としてシェークスピア生家の名簿に記す

この家を支へてすでに五世紀か黒々と太きオークの柱

先人の歌


  柴生田  稔      (歌集 冬の林に)

炭にまじる落葉をくべて立つ香り遥けくなりて人を思へば
雲切れて光は差せば噴泉の白きかがやきは青みを帯びぬ
衰へし投手といへど指名されて今マウンドに交代に向かふ
生きてゐる檜の二木死にてゐる一木とただに枝触れて立つ
今日沁々と語りて妻と一致する夫婦はつひに他人といふこと


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