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○ |
東京 |
宮地 伸一 |
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幼らとあまた掃き寄せしこの落葉すでに焚かれぬ東京となる |
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どの部屋にも眼鏡を置くと言ひし人思ひ出しつつ捜せり今朝も |
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○ |
東京 |
佐々木 忠郎 |
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この室(へや)に校正しつつ倒れたる君は知るなし移転のことを |
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匂(にほひ)茉莉花に水培(か)ひ呉るる君のゐて夏には香りき白妙の花 |
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○ |
三鷹 |
三宅 奈緒子 |
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何にいま若き日の夢転職をせむと惑へる夢より覚めつ |
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よるべなく惑ひし若き日のこほし惑ふなになくありふるいまに |
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○ |
東京 |
吉村 睦人 |
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思ひても甲斐なきことと知りをれど思ふに委ねひとときををり |
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若き父が林芙美子を雇ひたる小出版社の近くなり新発行所は |
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○ |
奈良 |
小谷 稔 |
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薮を保つ寺の親しく烏瓜にはかの冷えに朱の極まる |
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夕はやく帰りを急ぐやさしさををみなの友らみな持てるらし |
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○ |
東京 |
石井 登喜夫 |
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熟田津の三津の深江の渡し舟エンジン入れて吾らを待てり |
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わが生は戦ひのときに入りゆかむ七十七歳を劫初ともして |
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○ |
東京 |
雁部 貞夫 |
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友らありもみぢの落葉を踏みて行く仙覚律師の「麻師宇」の郷へ |
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城の跡ありて巡らす空の濠(ほり)すでに半ばは孟宗の薮 |
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○ |
福岡 |
添田 博彬 |
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夕翳る庭より上がり来し犬は足許に草の実落し行きたり |
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思ひ出で疎ましかれどこの中学に学ばざりせば今の吾無し |
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○ |
さいたま |
倉林 美千子 |
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肩の鞄かけ直しゐる己が影曳きて砂丘に立ち上りたり |
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街灯の一つ一つが輪を持ちて未だ明けざる港に続く |
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○ |
東京 |
實藤 恒子 |
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高邁なる二つの魂の融合に成りたる光太郎のこの成瀬胸像 |
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完成を共に喜ばむ夫人智恵子は精神の病に侵されてゐし |
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(以下 H.P担当の編集委員) |
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○ |
四日市 |
大井 力 |
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人間も牛も番号に統べらるる味気なき世となりてしまひぬ |
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拉致されていかに生き伸びきたるかを待ちゐし親にも詳しく言はず |
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○ |
小山 |
星野 清 |
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口を衝きてワーズワースの詩が出づる五十余年前君に学びし |
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ワーズワース住まひし家を今に保ち屋根の煙突にほそき煙立つ |
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