作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年2月号)

  尼崎 小泉 政也

マイレージが溜ったけれど使い道はなくなるだろうな就職すれば


  京都 下野 雅史

わが指示になかなか馴れず歯向かひて馬はコースを外れて歩む


  倉敷 大前 隆宣

腕時計の秒針のように仕事してこつこつと明日へとつないでいたい


  愛知 高村 淑子

故郷を離れて嫁ぐ筈だったもう少し此処にいていいかしらお父さん


  宇都宮 秋山 真也

いつの日か君と二人で耕作し共に暮らさん土地を想えり


 ニューヨーク 倉田 未歩

落ちてゆく夕日背にして黄金の葉を見上げつつ帰りゆく道


  スイス 森 良子

クリスマスの飾り明るきチューリッヒのカップルの一人で在りしことあり


  大阪 大木 恵理子

友達の悪事をかばふ男子生徒断固たる無言つひに貫く


  京都 池田 智子

久々にペンで手紙を書いてみた筆記の持久力が落ちていた


  東京 坂本 智美

平安朝学会デビューに新調す初心者マークの真っ黒スーツ


  東京      臼井 慶宣

六法の頁の幾分汚れたるこのひととせ一年を過ごし来し跡


  さいたま 二瀧 方道

枯葉散る人影疎らなカフェテラス温いコーヒーの香り漂う


  千葉 伊藤 弘子

締切に遅れし原稿一本がようやく届き活気づく事務所


  千葉 渡邉 理紗

音声が消えた車内で候補者はシートに凭れて溜息を漏らす


  鳥取 石賀  太

懸命に七円のマッチ売る子らに吾がなすすべを知らず悲しき

選者の歌


  東京 宮地 伸一

幼らとあまた掃き寄せしこの落葉すでに焚かれぬ東京となる

どの部屋にも眼鏡を置くと言ひし人思ひ出しつつ捜せり今朝も


  東京 佐々木 忠郎

この室(へや)に校正しつつ倒れたる君は知るなし移転のことを

匂(にほひ)茉莉花に水培(か)ひ呉るる君のゐて夏には香りき白妙の花


  三鷹 三宅 奈緒子

何にいま若き日の夢転職をせむと惑へる夢より覚めつ

よるべなく惑ひし若き日のこほし惑ふなになくありふるいまに


  東京 吉村 睦人

思ひても甲斐なきことと知りをれど思ふに委ねひとときををり

若き父が林芙美子を雇ひたる小出版社の近くなり新発行所は


  奈良 小谷 稔

薮を保つ寺の親しく烏瓜にはかの冷えに朱の極まる

夕はやく帰りを急ぐやさしさををみなの友らみな持てるらし


  東京 石井 登喜夫

熟田津の三津の深江の渡し舟エンジン入れて吾らを待てり

わが生は戦ひのときに入りゆかむ七十七歳を劫初ともして


  東京 雁部 貞夫

友らありもみぢの落葉を踏みて行く仙覚律師の「麻師宇」の郷へ

城の跡ありて巡らす空の濠(ほり)すでに半ばは孟宗の薮


  福岡 添田 博彬

夕翳る庭より上がり来し犬は足許に草の実落し行きたり

思ひ出で疎ましかれどこの中学に学ばざりせば今の吾無し


  さいたま 倉林 美千子

肩の鞄かけ直しゐる己が影曳きて砂丘に立ち上りたり

街灯の一つ一つが輪を持ちて未だ明けざる港に続く


  東京 實藤 恒子

高邁なる二つの魂の融合に成りたる光太郎のこの成瀬胸像

完成を共に喜ばむ夫人智恵子は精神の病に侵されてゐし


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

人間も牛も番号に統べらるる味気なき世となりてしまひぬ

拉致されていかに生き伸びきたるかを待ちゐし親にも詳しく言はず


  小山 星野 清

口を衝きてワーズワースの詩が出づる五十余年前君に学びし

ワーズワース住まひし家を今に保ち屋根の煙突にほそき煙立つ

先人の歌


  伊藤 左千夫      ほろびの光(大正元年)

おりたちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落葉深く
鶏頭のやや立ち乱れ今朝や露のつめたきまでに園さびにけり
秋草のしどろが端(はし)にものものしく生きを栄ゆるつはぶきの花
鶏頭の紅ふりて来し秋の末やわれ四十九の年行かむとす
今朝の朝の露ひやびやと秋草やすべて幽(かそ)けき寂滅(ほろび)の光
  (一首目・五首目は特に人々の間で愛唱されています。左千夫
晩年の境地でした。一首目、「おりたちて」の作は既出のようですが、
「ほろびの光」一連としてあげておきます。   倉林記 )


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