作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年5月号)

  東 京 阿井 喜美子

結局は星占いを動かせずさそり座の君しし座の私


  鳥 取 石賀 太

愚かなるわれなればこそわが神よ助け給へよ今すぐに来て


  東 京  臼井 慶宜

申し訳程度に付きたる木々の葉に拍手(アプローズ)させて春風の吹く


  浦 和 梅山 里香

参観日職場抜け出し駆け付ければ吾探しゐる汝の目と合ふ


  大 阪 浦辺 亮一

アメリカに啖呵を切りしドイツ首相省みて吾が宰相を恥ず


  大 阪 大木 恵理子

高校時代より憧れ続けしキャンパスに四月より学ばむ万葉集を


  京 都 下野 雅史

廃線のレールの上を遠ざかるカンガルーの群れ椰子の林へ


  兵 庫 小泉 政也

会社ではまだ配属が決まらない今年の桜はどこでみるのか


  愛 知  高村 淑子

コンピューター構成するのは二つの記号生物はただ四つの記号のみ


  朝 霞 松浦 真理子

今週は家賃のために来週は食費のために働いている


  スイス 森 良子

「アメリカ人ですが戦争に反対です」とカードを首にかけて行く人


  埼 玉 山内 寛子

アサガオは隣のトマトに蔦のばすベランダの隅の恋物語


  千 葉 渡邉 理沙

腹をだし猫が寝転ぶ通学路布団叩きの音が聞こえる


(以下 HPアシスタントの若手)

  福 井 青木 道枝

ガス扱ふ実験室に小鳥飼はれ学生たちの付けし名をもつ


  ビデン 尾部 論

目に見えるホテル事業の説明は本業投資顧問より遥かに易し


  島 田 八木 康子

びつしりと実る山桃の木を残し大型スーパーは撤退したり


選者の歌


  東京 宮地 伸一

本はもう買ふまいときめて来しものを広辞苑批判の本はすぐに買ふ

路地の隅にひたすら冬を耐へしもの野芥子と気づく花咲き出でて


  東京 佐々木 忠郎

降る雪をリリカルなりと窓に見る船笛ひびく町を恋ひつつ

病みしのち友のからだは順調らし歎ける歌の少なきはうれし


  三鷹 三宅 奈緒子

その恋の苦しかりしもわが知れど人に添ひ安らに過ぎ給ひにき

のびのびとプールにあそぶを君詠みき水に光の射し入るさまも


  東京 吉村 睦人

フロッピーに収録されゆく音のごとかすかなりけりわれの思ひは

一枝を折り来て挿せばパソコンを打つかたはらににほふ臘梅


  奈良 小谷 稔

寒明けに吾を産みたるうら若き母のいのちのしみじみ恋し

筆まめと涙もろき母の血を承けて用なき吾の歌となりしか


  東京 石井 登喜夫

家を出でてのがれし母をたづねゆく提灯の火の色も忘れず

何もかも打ち捨てて吾を看取りくれし母ありてこそ生きてゐる吾ぞ


  東京 雁部 貞夫

四千メートルのテントに過ごしし十日間或る夜は語りき幼き恋を

同じ少女に幼き恋を争ひき坊主頭の高校生にて


  福岡 添田 博彬

掟ありて岬の沖ををみな往けぬはあるいは労りの心なりしや

風唸る岬を下る径に痩せて北狐蹲まる吾を待つごとく


  さいたま 倉林 美千子

繁忙と引き換へにひそかなる充足をわれは得てをり案じ給ふな

体力の対応し得るは何時までか混める電車に立ちつつ眠る


  東京 實藤 恒子

死の予感に渾身を込めて書きたるを思へば徒や疎かならず

ゆがみたる月に先立つ土星を追ひジュピターははや昇り来りぬ


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

天に梯子を伸ばすやうなる企てはつつしめと宇宙船爆発の事故

この狭き星に戻るを許されず七人の命燃えて果てたり


  小山 星野 清

朝の散歩に妻と来て立つ十年前宿りし古きホテルを前に

たちまちにここロンドンもうつろふか新しきものつぎつぎに失せて

先人の歌


  徳田白楊

夕飯を食べつつあれば雁が音のたまゆら聞え母の恋しき
雁が音のするに戸をあけ空見れば月読あかく照りてゐるかも
宵々に雁鳴き渡るこのごろのわがむらぎものこころ寂けし
この夕べたまゆら鳴きし雁が音のいづらの方へ渡りゆきけむ
宵々に南に下る雁の群なほ遠く空を渡りゆくらし

[徳田白楊は昭和8年23歳で世を去った薄幸のアララギ歌人である。
不治の病の床で亡くなった母を恋う切実清純な作品を五百余首残した。
ここには故郷大分県徳田村の病床で聞いた雁が音の歌を五首選んだ。
近く短歌新聞社文庫(700円)で再版されるので、ぜひ読んでいただき
たい。解説は私がする予定である。          (吉村睦人)]


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