作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年12月号) < *新仮名遣>  


  京 都 池田 智子 *

仕事終え帰宅のポストに来春のチューリップ球根の案内届く


  東 京 坂本 智美 *

何事もなかったように晴れている台風一過の空になりたい


  埼 玉 松川 秀人 *

藤村が使い古した金文字のテキスト今も輝きている


  千 葉 渡邉 理紗 *

銀行の利子くらいならしきりやの君に感謝をしてなくもない


  宇都宮 秋山 真也 *

祖母逝きて丑三つ時のコオロギが南無妙法蓮華経の声に聞こえる


  川 越 小泉 政也 *

あの頃は楽しかったと回顧する人間になってしまった僕も


  愛 知 高村 淑子 *

検診を終えて出てくる人の顔に笑いのあるを目にする産科


  京 都 下野 雅史

透き通り海のゆらぎも無き底に彩り豊かなサンゴを撮りぬ


  大 阪 浦辺 亮一 *

迷い猫に住人総出で騒ぎいる我が家の裏は今日も平和だ


  倉 敷 大前 隆宣 *

一週間後又やってきた風台風に消防団まで避難するのか


  周 南 磯野 敏恵 *

思いたち裸足に歩む川堤亡き祖母の呼ぶ声がよみがえりくる



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

落城の兵士の如く頭垂れとぼとぼ行かむこの暗闇を


  福 井 青木 道枝 *

劇場に前夜居合わせしわが命チェチェンの歴史その日より知る


  横 浜 大窪 和子

仕事退かむと心に決めて顧みる長く堪へ来し幾つかのこと


  島 田 八木 康子

花博の大鬼蓮の葉の上にバンの掛けたる巣が人を呼ぶ


  東広島 米安 幸子

一人居は無理だと夫はわが母を呼び寄せくれきうれしかりけり



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

この秋の寂しさのひとつガラス戸を這ふ守宮にも出会ふことなし

舗装路の隙間に生ひて幾たびも刈られし枸杞がまた芽ぶきたり


  東 京 佐々木 忠郎

夢に見る師走の港町はふるさとか吹雪(ふぶき)戒むる船笛ひびく

電飾が彩る赤煉瓦の倉庫群雪ふる幻想は常に幼し


  三 鷹 三宅 奈緒子

火山灰すくふをわが見し洞爺のまち年へだて夏の湖(うみ)のしづけさ

亡き夫のかかはりに夏の北の旅かさねて齢(よはひ)たけたりわれも


  東 京 吉村 睦人

四十を倍近く生きてなほわれは惑ひにまどふ一つのことを

先入主極力排しこの者の言はむところを聴き取らむとす


  奈 良 小谷 稔

一輪車に落ちしりんごを拾ふ見ゆ今朝ゆく旅の窓にいきなり

台風にまたも落果かりんご園の木下に反射シート光れど


  東 京 石井 登喜夫

己のみを思ひて買物してくると青菜無き篭を妻が嘆きぬ

買ひて帰れば叱らると思ふ無花果を眺めて長く立ちつくしたり


  東 京 雁部 貞夫

刻々と現はれ渡る雪の峰地図に大方その名記さず

少しづつテント進めて四日目か蒼き氷河の源頭に立つ


  福 岡 添田 博彬

失職を怖るる人等を思ひ遣らぬは野球のスト権ストに変はらず

潰るるべき球団の合併を許さざるぼんぼんを煽る正義の顔して


  さいたま 倉林 美千子

手折りたる露草撓ひわが影の人待つ道にながく伸びたり

コルシカ島に疲れ癒すといふ便り子は遠し今の吾の暮しに


  東 京 實藤 恒子

その大き鋭き眼(まなこ)スタート台に立ちて姿勢を構へし一瞬

悠々と泳ぎて華麗なり期待されしプレッシャーを己がものとして


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

万年雪残れる山の裾に噴く水をふふめり今日のえにしに

競技終へし選手の言葉すべてよしわけても「努力は人を裏切らない」


  小 山 星野 清

共に学びし古き縁に誘はれ君が住まへるバリに旅発つ

空港に着けばガラスの向うより童顔になりし友が迎ふる


先人の歌


白 霜           (吉田正俊歌集『天沼』)



やりどなき怒りは昨日も今日もつづきただ安らかに眠りたく思ふ

吹きすぐる風の中には猫来り夜半水なむる音のきこゆる

しばしして意識のにぶりゆくなへに憎みし顔もおぼろになりぬ

今朝しろく霜ふりし見れば堪へ忍(しぬ)びすぎよと言ひしこと忘れゐき

くれなゐに含(ふふ)める梅に心ゆらぐ暫しなりともこの世はたぬし
(9首中の5首 昭和11年)
                     

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