作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年11月号) < *新仮名遣>  


  宇都宮 秋山 真也 *

レイアウトの窓からのぞくモデル空間製図ソフトに夏明け暮れる


  埼 玉 藤丸 すがた *

音のない田舎の夜の月明かりこの清らかなものに気づかずにいた


  川 越 小泉 政也 *

ラッシュアワーの出勤者の中を帰宅するこれでよいのか吾が人生は


  京 都 下野 雅史

雨降りのテラスはじつとり濡れてをり悔しくてひとり海に飛び込む


  大 阪 浦辺 亮一 *

病院から一週間ぶりに帰り来し部屋の散らかり具合がうれし


  倉 敷 大前 隆宣 *

昼も夜も体けだるく新聞配達の単車の音にようやく眠る


  周 南 磯野 敏恵 *

なきがらとなりたる君の入りてゆく献体冷凍庫の暗さを思う


  藤 枝 小沢 理恵子

同じ蔓に様々な色の朝顔を描きし吾子は写生のつもり


  大 阪 大木 恵理子

酒飲まぬ上司の独り居酒屋に居りしと聞きけりわれと争ひし日に


  埼 玉 松川 秀人 *

以前には見向きもせずにいた山を今はこうして楽しんでいる


  千 葉 渡邉 理紗 *

プリントを机にあててとんとんと揃えるような会社の規則



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

明らかな個性とも言へぬ曖昧をこの人に見て暫し黙しぬ

非常ベル鳴りひびけるはどの階か耳を澄まして寂しき夕べ


  横 浜 大窪 和子

この職場に一つ机のわれにありて支へられ来ぬ二十一年

おそろしき世紀とはなりぬ人間を殺めむロボットを誇らかにいふ


  島 田 八木 康子

洗ふたび切るたび匂ふプランターに採れし人参より古里の香の

何はあれオリンピックに息をつくかくひたむきな心まぶしく


  福 井 青木 道枝 *

三十年まえの数式ふたたびをその糸口がきらめくと言う

尖塔も積み干草も影のいろ地平はあかく日の沈みゆく


  ビデン 尾部 論 *

コルシカの海辺のバカンス初日の夜灰汁抜きの如く寝汗をかきぬ

海の面に生れて消えゆく風紋の影見やり居つバカンス最終の日


  東広島 米安 幸子

亡き父母を知るも知らぬも健やかに集ひて盆の灯りをともす

夕風にのりて群れ飛ぶ盆蜻蛉二歳を抱き逝きし子を呼ぶ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

虐待の末に橋より投げ込まれし幼き二人に涙すけふも

この世紀に命幼く生きしのみ川さらふさま見るは堪へがたし


  東 京 佐々木 忠郎

忠も郎も名前に相応(ふさ)はぬご時世か忠郎の二字を書くたび寂し

忠は真ごころ郎は男(を)の子の意味ですよ母は大書して教へ給ひき


  東 京 三宅 奈緒子

大崩落をしるくとどむる稗田(ひえだ)山荒れ荒れし岸壁を橋より仰ぐ

暁を大音響に土砂くだり谷を人家を埋めつくししと


  東 京 吉村 睦人

徒らに爪のみ長く伸びてゆく全身固定され過ぐる幾日

ただ骨の回復をひた待てるのみ今はそれ以外に望むものなし


  奈 良 小谷 稔

蛙七つ砥石の上に坐りゐるふるさとの泉の写真見飽かず

ふるさとにて盆花と呼ぶみそ萩をわが菜園のほとりに咲かす


  東 京 石井 登喜夫

おのづから齢はふけて見る夢の侘し現実を常に離れず

七十八歳の吾と十八歳の吾と相対ひ夢を語りき夢の中にて


  東 京 雁部 貞夫

演壇に体支へて立ちたまふ終戦の日を語らむとして

復員の日の母堂の涙を語るとき絶句したまふ眼鏡ぬぐひて


  福 岡 添田 博彬

分母減れば負担がふえる自明すらマスコミと野党は非難してをり

退職金にて家買へず甲斐のなき年金と教へられて全ておろしぬ


  さいたま 倉林 美千子

思ひつきし計画に胸をどるとも目前の仕事済ませむ今は

気の弱き親に似つかぬ子のありてDNAなどあてにはならず


  東 京 實藤 恒子

信号にゆくわが前をひらひらと紋白蝶の渡り終へたり

走り来し幼をわれは抱き上ぐずしりと重くなりたるをさな


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

縄文の頃の巨木が根をさらす海底ありありと硝子に囲ふ

海底の泥炭層に二千年腐らず保ちし杉の樹根か


  小 山 星野 清

体制の変化は我らに関はらずとプラハを言へりこの通訳も

壁のマスクが抗議の自殺せし学生と気づくまでわれは道に立ちゐし


先人の歌


朱の花片       吉田 正俊



くれなゐの蓮の花片水に散り秋ひえびえと霧のながるる

水の上にくづるる朱はありつつも草むらにすでに弱き日の影

秋澄みて散りのこりたる花蓮とよみはつたふ広き池の上

柳影あはく伸びたる踏みゆきて久しぶりなりからすのこゑは

植込の乾ける土に秋日差すしだれ柳の枝ほそくして
                     

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