作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成17年2月号) < *新仮名遣>  


  宇都宮 秋山 真也 *

行き交える見知らぬ人への挨拶を教えて母はわれの手をひく


  川 越 小泉 政也 *

心の戸を開くのはたやすいと言うのなら無くした鍵を見つけてくれよ


  京 都 下野 雅史

中国茶を和風の室に楽しみて戦中の話など小耳に挟む


  大 阪 浦辺 亮一 *

試験場にて貧乏ゆすりをする者を目にして吾は落ち着き始む


  西 宮 内海 司葉 *

学校はいま二時間目の国語だろう窓から入る真っ白な日ざし


  倉 敷 大前 隆宣 *

離れ住む妹と母の長話し吾は傍にいて楽しみて聞く


  京 都 池田 智子 *

予定など何もないのにただ空が晴れすぎている吾が誕生日


  東 京 坂本 智美 *

重量オーバーのスーツケースに詰め込んだ辞書三冊とあなたへの恋


  朝 霞 松浦 真理子 *

空腹と食事中と満腹のどれが一番幸せですか


  埼 玉 松川 秀人 *

いらぬ行消せば少し論文の体裁成すかこの文章も


  千 葉 渡邉 理紗 *

自らの弱さをちゃんと見据えない秋の夜長にマフラーをまく



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

この部屋の何処かで笑ひを堪へゐる奴が居るならむ吾が発言に

靄ごもるこの一画の暮れ早し最初の灯りを吾が部屋に点けむ


  福 井 青木 道枝 *

娘の日のわが失敗にふれて言う君のほほえみ人なかにして

道去りてゆく広き背のいつまでも目にありて今日手紙がとどく


  横 浜 大窪 和子

ハバナの街の古びしホールに弾けたりサルサのリズム踊る人々

チェ・ゲバラの顔の輪郭を掲げたる革命広場にひとを待ちをり


  島 田 八木 康子

この友に何言ふ気力も今は失せ受話器にいたく素直に居りぬ

受話器より流るる声が身の内を吹き過ぎてゆく時の間を待つ


  東広島 米安 幸子

君よりの「北あかり」届くこの宵は肉を買ひ来てコロッケ作らむ

散り残る木蓮の葉を落しつつ掃き寄せてゐる夫の出でゆきて



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

「黒人の女性」が差別語になると言ふ虐待するのか日本語をかくも

処女(をとめ)去りてぬくみの残る跡に坐る何か良きことけふはあらむか


  東 京 佐々木 忠郎

人ならば半身不随の榧の木を伐れと言ふ庭師にわれ諾はず

半身は利かずとも半身は生きてゐる榧を窓に見る朝に夕べに


  東 京 三宅 奈緒子

『虹の行方』つひの名はそのはなやぎし生(よ)の象徴かけふの訃報よ
                   (悼長森光代さん)

三人(みたり)の子を置きてパリーに愛遂ぐと人はゆきたりそのひたごころ


  東 京 吉村 睦人

ショーウインドのごとき席にわが坐りモーニングサービスのパンを食ひをり

われもしも権力持たばまつ先に携帯電話の使用禁ぜむ


  奈 良 小谷 稔

柴橋に画架据ゑ描く絵のどれも吾らと同じ写生に拠れり

岩群の峙ち狭く澄む渕のうべ人麻呂の調べにあらず


  東 京 石井 登喜夫

入院に付き添ひくるると妻言へどわれは危ぶむこの人も弱く

株を残して剪りし椿に芽の出でてわが身わが心ゆらぐ思ひす


  東 京 雁部 貞夫

西域の土産は緑の石一つ微笑み問ひき「于○(うてん)に出でし玉(ぎよく)か」と   (落合京太郎先生)
※○の漢字は『門』構えに『眞』です。外字のため表示できません。 

崑崙のユルン・カッシュの夜光杯こよひは手にす君偲びつつ


  福 岡 添田 博彬

椎間板に心を遣(つか)ふ幾年に歪める骨は椎管を狭めぬ

崩れたる椎体とディスクがじわじわと馬尾を締めつくるは思ふだに憂し


  さいたま 倉林 美千子

「わかりますか」と突然机の前に立つ「ああ何年ぶり貴方はトーマス」

相変らず下手なドイツ語と笑ふかな吾ももどかし日本語にせむ


  東 京 實藤 恒子

すはテロかと立ち竦みたり東京タワー二百メートルの上空を過ぎし轟音に

「なりはひにも頼むところ少なく」夕顔の巻の一行なにに思ほゆ


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

突つ立ちて見舞ふ政治家膝折りて人等のなかに座りし陛下

水電気止めても自己の責任に三日は生きよと袋の見本


  小 山 星野 清

本堂も並み建つ塔も棕櫚の毛に黒く葺かれて澄む空の下

ひざまづき花を捧げて水を受くわれらヒンドゥーの民に倣ひて


先人の歌


津田治子 『津田治子全歌集』より(1981年発行)



老いひとり山の畑に働くをからたち垣根まで来ては見る

戸を閉(さ)さず眠らむとして刈草が匂へば父に逢ひたかりけり

病む吾に手紙を絶ちてしまはれし父を思ひて眠らむとする

草の上昏みゆくまで野を歩みあゆみを返しがたく寂しき

とどまればただしづかなる水すましの持つ感覚のあやしき思ふ

四五本のマーガレットを瓶にさすけさは素直にうなづきながら

青樫も赤芽柏も吹きなびけ来れば吾もその風の中

教職にかつて在りたる老い夫が黙って吾の習字を見てゐる

映画など見ることもなしおとろへし眼(まなこ)をいのちの如く思ひて

身一つに起るなげきの終る日に面を包む白布を持つ

癩に崩れてすぐる生涯はありありと吾がために主がそなへ給ひし
                     

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