作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成17年3月号) < *新仮名遣>  


  京 都 池田 智子 *

かけがえのない父の死も病院の中ではただの患者の死


  東 京 長沢 真奈美 *

重力がほどけていつか落ちてゆく不安を醸す真っ青な空


  東 京 高橋 舞子 *

会いたいと我慢できずに呟けばますますもって耐えられぬ夜


  埼 玉 松川 秀人 *

涙ぐみギター片手に弾く人ら四年の歳月噛み締めている


  千 葉 渡邉 理紗 *

幸せは時分でつかむものだからたとえ風邪でも寝ていたくない


  宇都宮 秋山 真也 *

確実に地球と僕は汚れてるだからオリオンも見えないはずだ


  京 都 下野 雅史

戦場の死骸のはざまに芽吹きしとふ山の血桜遠くより見つ


  大 阪 浦辺 亮一 *

合格の嬉しさ隠せぬ我が顔にすれ違う女の子らが気味悪がりぬ


  西 宮 内海 司葉 *

地下を走る水道管も人間の命の一部と言えなくはないか


  倉 敷 大前 隆宣 *

チーズケーキを亡き父と母と吾に買いクリスマスの予行演習をする



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

美観とふ規制がマンションより物干しを失はしめて生活見せず

苦悶する形に寝ねし吾が身体午睡の中に意識してをり


  福 井 青木 道枝 *

触るるなと両手をひろげ笑みて立つ砂塵吹く国より今帰り来る

スカーフに髪つつみわが知らざりし表情見せてパン屋に働く


  横 浜 大窪 和子

横浜の夜景をよろこぶ新しき家族はイギリスの青年グラスを合はす

美しき薔薇のドレスを着こなして紅き帽子のジルは子の義母(はは)


  ビデン 尾部 論 *

有名の職人をまだ頼らんか刷新か厨房人事を定むる時来

「已むを得ぬこともあるわな」と励まされたり専断の人と思い居し父に


  島 田 八木 康子

ああ平成十七年にしてやうやくに人身売買罪新設のニュース

気がつけば口ずさみゐる一つ歌夕べ市場へペダル踏みつつ


  東広島 米安 幸子

叔母は子にも言はざる事を吾に告げ命の迫る思ひを言ひ出づ

六歳が犬を助けむと二階まで火の中を戻りゆきしままとふ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

コップに浮く氷片の小さくなるさまを指さして惜しむこの幼子は

古希になると昔の生徒の手紙来ぬ今さらに思ふ己が齢を


  東 京 佐々木 忠郎

飛騨よりの荷を解きゆけば華やぎて正月飾りの花餅一株

玄関に入るや目につく花餅が茶飲み話となる客と妻


  三 鷹 三宅 奈緒子

飛鳥川の源流見むとゆきゆきて棚田はてなき稲渕の里

葛城山(かつらぎ)の山並は紅葉照り翳りその下みちをひと日さまよふ


  東 京 吉村 睦人

蝋梅の花に降りかかる今日の雪たちくる面わいよよ清けし

喜びとも悲しみともとれる感情にてたたずみてゐる蝋梅の下


  奈 良 小谷 稔

柿の村に育ちて柿を六種知ることも詮なし過疎極まりて

ふるさとにつながる一つ霜月の日当る窓に柿を吊せり


  東 京 石井 登喜夫

子らが病み又われの病む繰り返し妻の五十年あはれでならず

吾を求めわが膝に居るをさな子はいづこより来し短き夢に


  東 京 雁部 貞夫

弟と母の忌修め寺を出づ今宵は飲まむ一人となりて

酒一盞海に注ぎて去りゆかむ弟果てしこの氷見の浜


  福 岡 添田 博彬

役職を変りくれよと言ひし声を訝りをりて今日の訃に会ふ

宗旨僅か異なり殺しあふ民族に国連も強くは手を差し伸べず


  さいたま 倉林 美千子

座禅堂過ぎてややして鐘が鳴り朱(あけ)の楓がひとしきり散る

ハンドルを執るは衣の若き僧会釈して紅葉の山に入りゆく


  東 京 實藤 恒子

一葉を偲ばむとゆく十二夜の月照り渡る築地への道を

今宵聴く新内節の「十三夜」嫋々として心にひびく


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

胸痛に思はずかがみこむ夜更けいましも天の裁き下るか

ニトロ置く抽斗までを這ひゆける三米いかにも遠しもどかし


  小 山 星野 清

酒を酌み悪童ぶりをあばき合ふ七十を過ぎバリに集ひて

日本の知性と称へらるる君も今日は少年のままに振舞ふ


先人の歌


「小天地」      伊藤左千夫



朝起きてまだ飯前(めしまへ)のしばらくを小庭(さには)に出でて春の土踏む

まづしきに堪へつつ生くるなど思ひ春寒(はるさむ)き朝を小庭(さには)掃くなり

海山(うみやま)の鳥けものすら子を生みてみな生きの世をたのしむものを

漬物(つけもの)に汁(しる)に事足るあさがれひ不味(まづ)しともせぬ児等(こら)がかなしも

いとけなき児等の睦(むつ)びやしが父の貧(まづ)しきを知らず声楽しかり


注 あさがれひ…朝飯 しが父…自が父…自分の父 大正二年作より抄出(星野)
                     

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