作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成17年12月号) < *印 新仮名遣い>  


  京 都 池田 智子 *

「六月の空気のにおいがする」という君の横顔見ながら歩く


  埼 玉 松川 秀人 *

黒部湖の青き湖面の流木は我と同じく漂泊の身か


  千 葉 渡邉 理紗 *

コオロギの鳴いてる躑躅に街灯があたらないだけ夜道は暗い


  宇都宮 秋山 真也 *

兄妹の僕ら以上に愛する人を得た妹よ幸せであれ


  川 越 小泉 政也 *

韓国で一番高いビルに登りアジアンパワーが目に焼き付いた


  京 都 下野 雅史

再び会ふ少女の出迎へが嬉しくて海外にゐることをすぐに忘れぬ


  大 阪 浦辺 亮一

傾斜強き屋根の瓦の黒々と北国には旧き家々並ぶ


  倉 敷 大前 隆宣 *

起きてすぐ足がふらつき倒れ込みガラス戸一枚微塵となりぬ




(以下 HPアシスタント)

  福 井 青木 道枝 *

「魔笛」観るこの夜の夫笑いおりああ笑えりと傍らに居る
ふくふくとしてあんよせし頃をおもう異国に父となりたる汝(なれ)よ


  横 浜 大窪 和子

窓に向かひ海を見てをり白き船の跡かたもなく消えてゆくまで
電話ひとつ受けしばかりに和みゐるたわいなきわが心さびしむ


  那須塩原 小田 利文

単身赴任の上司も父親の顔になる金曜の深夜残業終へて
選挙カーも来ずと寂しみ妻の言ふ奥まりて建つこのアパートを


  島 田 八木 康子

今日がわが終の一日とかりそめに思ひて軽し惑ふ心も
取りあへず歩き出さうといふだけの勇気を置きて今は眠らむ


  東広島 米安 幸子

澄み渡る今年の月の光あびひとつささやかなる願ひをしたり
名も知らぬ山を視界の果てとしてわが住む峡の三角の空



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

帰り来てあかり点せばけふひと日留守居せし猫ただにまつはる
見送りましし京都の人らを偲びつつ午後は新宿のこの教室に


  東 京 佐々木 忠郎

くノ一刺客の落下傘つぎつぎ繰り出して噫自民党の独裁化成る
圧勝して専制政治初(はつ)の本会議別きて空しもチルドレンの拍手


  三 鷹 三宅 奈緒子

ともに老いつつこの夏も吾ら会ひ得たり北の潮(うしほ)のひびかふ浜に
下北(しもきた)の岬はるかに影だちてゆゑなくこほし過ぎたる日々の


  東 京 吉村 睦人

岩見といふ姓の友ゐき重太郎と渾名をされて弱虫なりき
考への異なる仲間を仮借なく断ち切る小泉純一郎に吐き気催す


  奈 良 小谷 稔

ふるさとの訛を聞きぬ山の上の笹原に道をゆづりしときに
谷をへだて滝かかりたり濃き霧の中より出でて霧に落ちゆく


  東 京 石井 登喜夫

医師の言葉「卵禁止」をハングルのメモにして食事(シクサ)の度に差し出す
日本統治時代の写真展巡り見て漢江を照らす月にかなしむ


  東 京 雁部 貞夫

月の夜に吾を訪(おとな)ふものは誰ガラス戸たたくは野良猫ミイか
午前三時原稿一つ仕上りてさあ乾杯だミイも寄り来よ


  福 岡 添田 博彬

われらの学費考へし父は内示されし署長を諦めて職移りたり
月に一度局に行くか行かぬかの議員らに役人風を見し人ありや


  さいたま 倉林 美千子

遠き世のことなれば空想はほしいまま鞍作部の首(おびと)止利の工房
二十一世紀のこよひ事無し隣家(となりや)の少女がひそやかに犬呼ぶ声す


  東 京 實藤 恒子

遠く来てやすらぐ豊後のアクセント豊前はわれの故里なれば
さりげなく歌会の世話をして入院せし君ありてゆたかなる会なりしかな



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  小 山 星野 清

イチローの連続ヒットの小さき記事ニューヨークのホテルに今朝も拾ひぬ
日本では大見出しならむイチローの新記録達成も数行の記事


  札 幌 内田 弘

吾が靴に画鋲を入れし少年の寂しさ知らず職を退きにき
けふ一日ソファーに両足投げ出しし妻には妻の思ひのあらむ


先人の歌


歌集『北の窓』より生井武司



鐘響く夕べは汝を思ひ出で三条小鍛冶の包丁を買ふ
三十七歳若妻クラブに呼び出され諦めて村になじみゆく妻
六月はほつれ毛さへも美しくわが教へ児ら大学にゆく
さはさはに風渡り来る紅葉の山かげ立つ岩を頂として
夕暮れて銀閣の障子を閉づる音紅葉の中に居れば聞ゆる


生井武司(1915生)。五味保義に短歌を学び、36年アララギ入会。第1歌集『青山』の大陸での戦場詠により注目される。『北の窓』は第3歌集。66年其一会員。私的には、旧制中学から高校にかけての国語科教師で、後年歌につながる縁となった。この11月、17回忌となる。
                     

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