作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成18年2月号) < *印 新仮名遣い>  


  宇都宮 秋山 真也 *

冷蔵庫から萎えた胡瓜を取り出してああ夏の残像が消えてしまった


  川 越 小泉 政也 *

二十五歳は大人と子供の狭間なのかだが朝青竜は横綱なんだ


  京 都 下野 雅史

隠れては時をり顔出すクマノミは我に襲はれぬかと警戒しをり


  京 都 池田 智子 *

誕生日に当直希望を申し出るひとりっきりでいるのがいやで


  東 京 坂本 智美 *

世界中に散らばるわれの仲間ゐて国際情勢気にかけており


  埼 玉 松川 秀人

我の撞く鐘の響きが山里に余韻残して響き渡れり


  千 葉 渡邉 理紗 *

ボールペンを水平に持ち射るようなぶりきの兵隊の眼差しの君




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

あたらしき落葉の径はふかぶかとイチョウ敷くところハゼ敷くところ
七台のギターの並ぶ子の部屋に探すベースギターとはこれか


  横 浜 大窪 和子

金曜日の夜のジャズ・バーにとりとめなし卓のグラスに氷溶けゐて
散らかしし部屋の掃除も怠りて過ぎたる幾日迷ふ心に


  那須塩原 小田 利文

秋澄める空を隠して高層ビル建ちゆく朔太郎生家跡地に
サーファーはまだしも密航船も来るといふ海となるともふるさとの海


  東広島 米安 幸子

未だ小さき胎児助けむ手術受くる娘を待ちぬ立ちて座りて
育たざりしわが長男の思はれて汝に初めての子の無事願ふ


  島 田 八木 康子

どこか遠くへ行きたき心遠く来ればはや帰りたき思ひと変る
夢の中にシーラカンスのごとき魚ひしめき泳ぐ色も不気味に



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

耐震偽装のビルもあるべし新宿の西口に出でて仰ぎつつ行く
今日もまた「悪」の充満せる記事を読みつつ疲労す何といふ国ぞ


  東 京 佐々木 忠郎

いちはやく庭にもみづる浜ぼうの一木明るし時雨のあめに
ふるさと保渡田(ほとだ)にかかはるみうた書写(しょしゃ)しつつその数多きに圧倒されぬ


  三 鷹 三宅 奈緒子

海に島に秋日みちゐきありありて友亡きいまにそのひかり恋ふ
おのおのに驢馬に乗り岬のみちゆききそのすこやかをつねと思ひき


  東 京 吉村 睦人

われと共に五十余年を生きて来しこの池鯉とまた年を越す
郷里は小千谷と言へり鯉を見てそのふるさとを思ひてゐしか


  奈 良 小谷 稔

村の人ら清く守れる無住の寺法事の後を錠鎖して去る
ふるさとに夜なべの習ひも絶えて久し柿剥くことも縄なふことも


  東 京 石井 登喜夫

五六島(オユクト)をめぐれば右舷に展けゆく東海晴朗にして波高しけふ
チャガルチ市場(シジャン)は夜を閉ざすころ人の曳くトロ箱に烏賊が暗く光りぬ


  東 京 雁部 貞夫

釈迦苦行像に魂入るる今日の式太鼓の響きは吾が身ゆるがす(鎌倉建長寺)
大庫裡に暑を避け君と語りしか耶律楚材を馬乳の酒を


  福 岡 添田 博彬

月の下に木犀は再び香りゐて木の影暗しと思ひて立てり
気がつけば五秒毎に期外収縮が起りてをりぬまさに正確に


  さいたま 倉林 美千子

山肌を下る残照渓谷の瀬のひとところを赤々と染む
少しばかりわれら遅れぬ枝拾ひ杖とせる友息を合はせむ


  東 京 實藤 恒子

月耀ふプールにひとりほしいまま泳がざりし子規をわが思ひつつ
死の際まで身につけてゐし鉛筆と手帳にて九十九の美津の執念



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  小 山 星野 清

エオヒップス見ればむさぼりて進化論読みし十代を恋ひ思ふかも
身ひとつが辛うじて入るこのカプセルにてあはれ地球を三周せしか


  札 幌 内田 弘

点す窓点さぬ窓に区切られてプライバシーの街は暮れゆく
地下駐車場の透る空気よ確執を飲み込み忽ち消しては呉れぬか


先人の歌


柴生田 稔 『麦の庭』 昭和17年より



今日の日をあやぶみ居りしみづからと思ほえぬまで心はすがし
昭和十六年十二月八日とことはに傳ふる今日に我が生れあふ
きびしくきびしく迫り来(きた)るべき時の覚悟は今より定(き)めむ
風邪ひきてわが寝(い)ねをればこの朝(あした)宮地君も弟も既に入營せり
あたたかく春来る時に北の方(かた)おろそかならぬことも思はむ


(太平洋戦争突入の翌年、作者38歳。明治大学予科教授であったが 16年陸軍士官学校教授を嘱託されている。今再び、国の行方の危惧 される日々、感慨新たに読みかえした。)  ( )内は倉林記
                     

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