作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成18年5月号) < *印 新仮名遣い>  


  宇都宮 秋山 真也 *

ケイタイのストラップを今替えましたやっと君から卒業できる


  東 京 奥薗 綾子 *

生涯で一番高い買い物に裏切りを受けて住めぬ家あり


  川 越 小泉 政也 *

防空壕を兼ねるソウルの地下鉄の哀しき役目はいつ終るのか


  京 都 下野 雅史

赤タイルの道を進めばイスラムの町並にいつしか呑み込まれてゐる


  京 都 池田 智子 *

三日後に迫った年に一度だけ女性が愛を伝えていい日


  宝 塚 湖乃 ほとり *

眠れずに泣きつつ夜を過ごす日々これも恋の醍醐味ですか


  東 京 劔村 泰子 *

工事中の現場で働く男たち小指の太い兄もどこかに


  東 京 斉藤 瞳 *

自転車の前輪に託す想いなら後輪でなお加速してゆく


  東 京 坂本 智美 *

日本から脱出計画始動させ実力主義の世界へ行こうか


  神奈川 横山 佳世 *

腕時計外して仕舞った後こそがほんとの私の時間なのだと


  埼 玉 町田 綾子 *

するするとリンゴの皮をうまく剥く君の手にさらされる我


  埼 玉 松川 秀人 *

今は一人未亡人が店守る小さき食堂いつまでも続け


  千 葉 渡邊 理紗 *

前向きに生きていこうと思うのはまたまよいしか壊れた土塀




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

わが机に這い来て笑みをふりそそぎ積木をみっつ貢ぎてくれる
すこやかな子を持つ今日の若き群れ褒め方叱り方がわからぬと言う


  横 浜 大窪 和子

孤立せむわれを危ぶみいふ人のこころをはかる受話器の向うに
思い放たむこと一つあり夜の車窓に流るる街の明り見てゐつ


  那須塩原 小田 利文

「ダウン症」の背表紙並ぶ下に座り笑ふ菜月よ今朝も健やかに
腕の中の裸ん坊笑ひ吾が笑ひ狭き風呂場に笑ひごゑ満つ


  東広島 米安 幸子

荷を肩に歩き疲れし子を抱き汝は逞しき母親となる
明け方にひとり見てゐる冬の月海の上なる十三夜月


  島 田 八木 康子

あつけなく逝きたる母を子孝行と言はれて一年肯はむとす
百二歳の叔父を託ちて言ふ叔母の声のびやかに春は近づく



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

「おい哺乳類」と幼稚園の子が声かくれば兄は言ひ返す「何だ爬虫類」
この路地の彼岸花の葉も衰へてオリオンはいよよ遠ざかり行く


  東 京 佐々木 忠郎

五輪出場四回目なる岡崎選手「発展途上」と笑まひつつ答ふ
「真昼」「真夜中」は辞書に見ゆれど「真夜」は無しこれも流行(はやり)と諦むべきか


  三 鷹 三宅 奈緒子

つくづくと読み返すその歌集なかんづく病む若き日の歌はかなしく
隅田川ゆきかふ舟を吹く風を詠み詠みてひと生(よ)をその川の辺に


  東 京 吉村 睦人

いつなりし日に照らされてその頬のいたく輝く様も見たりき
八百よろづ千よろづの神の国と言へ神無きこともしばしばにして


  奈 良 小谷 稔

望遠鏡に捉へしシリウス青白し宇治山の寒の空晴るる今
土星の輪観し残像のくきやかにこの宇治の山に眠らむとする


  東 京 石井 登喜夫

仕事ある青年をけさは残し置きひとりソウルを楽しまむとす
いつまでもウォンの感覚を掴み得ず流るるごとく紙幣消えゆく


  東 京 雁部 貞夫

煙草の害説く彼の者も毒を吐く己が車は見て見ぬ振りか
この世から姿消せるかトルコ巻きの「ゲルベゾルテ」をいま一度喫ひたし       


  奈 良 添田 博彬

検事なりし伯父には秘めたる退職にて六十五年経て聞く困惑を
浜辺にて咥へしオタリヤを海に放ち習性を学ぶはかの拉致に似る


  さいたま 倉林 美千子

この夜も眠らぬ窓に訪ひて来よ灯点して待つ父母(ちちはは)が居む
受話器置き息づき思ふわがロンは機中か既に日本に着きしか


  東 京 實藤 恒子

下関のフグの刺身に鰭酒を君とし酌めばもの思(も)ひもなく
不戦の心を言ひて共に盃を交しかはしつつわれも少し酔ひたり



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  小 山 星野 清

今日の汝がソプラノ冴えてよくひびく心こもれるピアノにのりて
衰へをかこちつつみな明日在るを前提にしてものを言ひ合ふ


  札 幌 内田 弘

ビルの中のおでん屋の暖簾が吾を呼ぶ女将の大根味滲む頃か
微笑みの写真ばかりが目立つ壁地下商店街を寒々と行く



先人の歌


斎藤 茂吉 『白桃』より



あはれあはれ電(でん)のごとくにひらめきてわが子等すらをにくむことあり
ただひとつ惜しみて置きし白桃(しろもも)のゆたけきを吾は食ひをわりけり
いつしかも日あし延びつつ女中部屋の風呂敷のうへに光さし居り
唐辛子入れたる鑵に住みつきし蟲をし見つつしばし悲しむ
街上に轢かれし猫はぼろ切(きれ)か何かのごとく平(ひら)たくなりぬ
                     

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