作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成18年11月号) < *印 新仮名遣い>  


  東 京 剱村 泰子 *

シャボン玉君の気持ちに染められて透明になる今までの嘘も


  東 京 斉藤 瞳 *

肉離れした僧帽筋(そうぼうきん)の痛みにも似てるよ君を想うことは


  埼 玉 松川 秀人 *

食事にもステータスにランク付け知らぬ間に記す作家は


  千 葉    渡邉 理紗 *

素直さが地中に眠る蝉のごと成長を阻む二十歳の憂鬱


  神奈川    横山 佳世 *

君からの返信来たらレポートにとりかかろうか 言い訳じゃないよ


  宇都宮    秋山 真也 *

怒りいる女のブログに禅僧の「仏になろう」という言葉を投げる


  川 越 小泉 政也 *

暑くなって古いジーパンにしてみたが染み付いた悲しみが吾が身を包む


  京 都 下野 雅史

農場の羊の群れがワイン畑過ぎ去りて白昼夢と我は気づきぬ


  京 都 池田 智子 *

花ぐらい飾ってみたらと君が言いサンダルばきで花屋に向かう


  宝 塚 湖乃 ほとり *

何もかも流してしまえ大嵐記憶も罪も過去と未来も






(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

今は世に母しか見えず這いて追う小動物の敏捷さもて
いつまでもあかり点さず語ろうよ高層階の灯のきらめきに


  那須塩原 小田 利文

立つことの難き吾が子の両足よ強くなれよと今宵も摩る
少女らのかがやく素足とすれ違ふ今の感情は人に言ひ難し


  東広島 米安 幸子

書きも書き載せも載せたりと驚きて彼の論争を一息に読む
数日をひとつ思ひに傾けてわれにはわれの清まり覚ゆ


  島 田 八木 康子

鳴き止みて一匹と知る庭の蝉真夏の朝のしじま不気味に
ハンカチに包む小さき保冷剤首に額に巻きて今日ゐる



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

むすび二つ食ふのみに足る朝の食事夕餉は少し早くとるべし
追突され幼子三人を失ひし親を思ひて我も涙す


  東 京 佐々木 忠郎

八月号の君が最後の歌稿のコピー密かに取りしを額に掲げぬ
蜜柑の木に朝夕に来る黒揚羽ここが古里と誇示するが如


  三 鷹 三宅 奈緒子

黄に明るき煙草の畑を過ぎ過ぎて森ふかき戸隠の里に入りゆく
たちまちに霧おほふ戸隠連山にむかふに沢へだて遠きいかづち


  東 京 吉村 睦人

訳の分からぬ外来語を並べし所信演舌これがこの国の総理大臣
美しくない日本語を使ひつつ美しい国にするなどと言ふ


  奈 良 小谷 稔

乾ききりし畑に水路より水入れて生き返る隠元の蔓の先まで
折をりの花移りゆく窓先に高砂百合はいま蝶を迎ふる


  東 京 石井 登喜夫

さまざまに語り継がるる不死鳥にも始祖ありと言へり暗指の如く
まどかにも沈みゆく日は雲に入り三角錐の茜となりぬ


  東 京 雁部 貞夫

懲りもせず求めし西川満の詩書五冊足の踏み場も無きわが部屋に
その祖父は秋山清八会津の武士にしてわが古里の初代の市長


  福 岡 添田 博彬

君が知るは母の半面と言ふ兄はわが父との貧の十年を見たりき
彼の岸に三人子と睦みゐむ母か待ちし六十八年は永かりしならむ


  さいたま 倉林 美千子

書き上げし興奮に今は身を任せ辛夷をわたる風聞きてゐつ
次の仕事に移らむまでのひと時に月は辛夷の上高くなる


  東 京 實藤 恒子

古里の友ら幾人と納まりし写真はそれぞれに安堵の表情
面(おも)やせて帰りゆく友等を詠みし茂吉四泊五日の会果てし日を



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

急制動の車輪の火花に草の穂の焦げて匂へる線路伸びゐき
三年ぶりのプールの水に潜りゆく全身を碧(あを)き光に染めて


  小 山 星野 清

新しきトーテムポール並べ立つこの国も先住の民を称へて
いつまでも暮れざる北の街角に花屋の花の色あたたかし


  札 幌 内田 弘

屍を晒さぬ獣思ひつつ盂蘭盆に入る夜に酒飲む
物音も匂ひも消ゆる漆黒をひとりの部屋にひとり酔ひをり



先人の歌


齋藤茂吉歌集『赤光』より



○ かがまりて見つつかなしもしみじみと水湧き居れば砂うごくかな
○ わが目より涙ながれて居たりけり鶴のあたまは悲しきものを
○ この心葬(はふ)り果てんと秀(ほ)の光る錐を畳に刺しにけるかも
○ 死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる
○ めん鷄ら砂あび居たれひつそりと剃刀研人(とぎ)は過ぎ行きにけり
                     

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