作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成18年12月号) < *印 新仮名遣い>  


  宇都宮    秋山 真也 *

雨の中を石のきざはし踏みてゆく破れ傘の骨二本を前に


  埼 玉 小泉 政也 *

異国で飲む酒はなんともうまいもの明日のことなど気にせずに干す


  京 都 下野 雅史

トレド市内を繋ぐ石橋に飛びてくるポプラの綿毛川を流るる


  京 都 池田 智子 *

「結婚するので仕事を退きます」ああ言いにくい言い出しにくい


  宝 塚 湖乃 ほとり *

風に乗りクシコスポストが聞こえ来るああ母校でも運動会だと


  東 京    剱村 泰子 *

ネットでは仮面かぶって電車ではバリアで守るパーソナルスペース


  武蔵野 坂本 智美 *

「脱帽」と叫び拳を高く挙げ我が早実の校歌斉唱


  神奈川 横山 佳世 *

庭の木のセミのスイッチ押したなら空のクーラー動くだろうか






(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

ガラス戸の向こう見慣れぬうつくしき二羽が水木の枝に来ている
今日ひと日の互いを知らず夜となり弾(ひ)くかたわらに来たりて歌う


  横 浜 大窪 和子

涸沢の圏谷に音を響かしし落石が目の前の雪渓よぎる
西穂へかわが立つ奥穂かジャンダルムの岩稜を一つ人影うごく


  那須塩原 小田 利文

赤彦の墓より諏訪湖見えざりきま近く聳ゆる老人施設に
子の浣腸に苦労してゐる妻の声病みて吾が臥す床に聞ゆる


  東広島 米安 幸子

まるまると太るみどりご寝返りうちぬ今かと皆の見守る時に
道すがら稲田匂へばよみがへる柩の父に添ひ行きし日の


  島 田 八木 康子

老いたるも若きも先の見えぬまま一夜寄り合ふ月下美人に
筆の乱れは心の起伏そのままに書き抜く母の遺しし俳句



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

天を貫く浅間の噴火を一度見き諏訪湖のほとりに少年の日に
「北鮮が何をしようと休肝日」一句ひねつて悦に入るけふは (十月九日)


  東 京 佐々木 忠郎

文机(ふづくえ)の花瓶に妻が挿しゆけるわれの好みの吾木紅の花
一党支配が弱者を苛(さいな)むこの国の何処(いづこ)にも「美しき日本」など無し


  三 鷹 三宅 奈緒子

今いまと水に飛び入るを吾ら待ち北極熊はその吾らを見てゐる
そのまなこ金色(こんじき)にして白フクロウただまじまじと吾らを見つむ


  東 京 吉村 睦人

百年の計であるべき教育が内閣の度に変へられてゐる
幹に洞持ちて老いたる百日紅(さるすべり)秋づきてやうやく花をつけたり


  奈 良 小谷 稔

穂田の黄と色を分ちて布袋葵の咲く花原のひろき方形
香りなき布袋葵の花原のすがすがし人の香のなきことも


  東 京 石井 登喜夫

さしあたり吾が目に力ありと見て三面鏡の扉をとざす
今さらに子規を恋ひつつ読みながら明治の餡パンの値など思ふ


  東 京 雁部 貞夫

比島にて戦歿したる夫恋ふる刀自の歌見出づ『新昭和万葉集』に
穏やかに病養ふと思ひしににはかに逝けり九十二歳


  福 岡 添田 博彬

この人はと診る縮小フィルムの胸郭はまさに吾がもの医の友は無言
三(み)月から二年足らずの命ならむか五十年前ならばかく答へゐむ


  さいたま 倉林 美千子

お遍路の鈴の音寒き日なりきと砥部の茶碗をしばらく手にす
石手寺の春浅きころ従ひき君病みて毒舌を聞くこともなし


  東 京 實藤 恒子

退院間なき小沢征爾か少し痩せひたぶるにタクト振るを目守りぬ
わが友のアルトの声と重なりて舞台に響くを聴きをりわれは



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

七歳まで母の乳房にすがりゐし吾によく似るこのわらはべは
いまだ鱗の整はぬ鯊に包丁を入るるに尾鰭震ひて反らす


  小 山 星野 清

雪いただくロッキーの空晴れ渡り柳絮降りくる町を歩めり
読書にも飽いて時計は九時を過ぎ窓の雪山に夕日差す見つ


  札 幌 内田 弘

人を疑へと教ふるは寂しと帰り来て妻は黙々と学級便り書く
歯科医院の治療椅子より見ゆる空ビルに区切られ雲速く過ぐ



先人の歌


生井武司歌集『餘聲』(椎の木書房 昭和61)より



・細き道にいよいよわけ入りて来し思ひあをたごの花に顔近づけて
・流れ弾弱まり落ちし音と聞く土にころがる一つ樫の実
・しのび寄り人を斃すと這ひゆきし夜の枯草の音思ひ出づ
・ほとばしる水のほとりに幹古りて自らの落葉を抱く樅の木
・鶺鴒は力をつぎて飛びゆくと春早き水に吾は憩へり
・頑固にて頑固にて医にかかりつつ母の培ふ葱青々し

*『餘聲』は、今回の質問箱の回答の中にふれたアララギの有力歌人の一人、生井武司(平成元年没・74歳)の第5歌集。
                     

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