作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成21年5月号) < *印 新仮名遣い>


  武蔵野 坂本 智美 *

悠久の歴史が身体に入りくる新羅時代の空気を吸いこむ



  千 葉 渡邉 理紗 *

オアシスが砂漠にうもれ消えてゆくみたいに店舗が潰れる街並み



  大 阪 目黒 敏満 *

新採用研修記録を筆記する手を休めしとき子らがよぎりつ



  山 口 稲村 敦子 *

オリオン座隣に一緒に見上げてももう重ならない手のひら二つ



  高 松 藤沢 有紀子 *

家中の人間達を食い荒らしインフルエンザは何処へか去りぬ



  宝 塚 有塚 夢 *

目に見えそう溢れる音が光となり音楽教室に満ちているもの




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

かえりみることもなかりしわが指に今は弾くわがこころの音色
細き枝のその先々に花芽つきひとつひとつに雪の雫す


  横 浜 大窪 和子

セーフティネット融資も雇用調整金も申請には複雑な制約がある
白波は躍るがごとく寄せ来りわがかなしみをつかのま包む


  那須塩原 小田 利文

差し延べし吾が手拒みて覚束なき足取りに一人菜月は歩む
主役無き喜劇の如きを今日も見ぬオバマ氏を持たぬ日本の悲劇か


  東広島 米安 幸子

祝ぎたまひ更に励めとの今朝の声輪舞(ロンド)となりて脳裏を去らず
斎場に流るる頃かイヤホーンにて吾も聴く弦楽四重奏「カノン」


  島 田 八木 康子

春となる雨降り出でぬ土の中の片栗の芽を思ひつつ寝む
渡りきるか切らぬ背中に鳴り出でし踏切の音エールとも聞く



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

夜半に出されひとりこの鐘をつき鳴らしし試胆会の恐さ今も忘れず
「わしを追ひ出した信州などに行くもんか」歌会に出でざりし土屋先生の言葉


  東 京 佐々木 忠郎

部屋に籠り怠けてゐるにあらねども雑然たり書物と新聞切り抜きの山
手を合はす今朝も目が覚め生きてゐる妻よ厄介だらうが宜しく頼む


  三 鷹 三宅 奈緒子

リズムうつくしと今にして思ふ君がみ歌心入れて読むこともせざりき
「一人のみ残れる友」と妻ぎみを詠み給ひしか病み病みし末


  東 京 吉村 睦人

われらにもぢきにおとづれることとして老老介護の歌を読みゆく
けふが最後の勤めとならむ再々試の生徒五名の進級決め来ぬ


  奈 良 小谷 稔

スーパーにて抵抗のなく籠持ちし頃より吾に脱け落ちしもの
鉛筆を鋭く削りつつをりて何に恋しき昭和期なかば


  東 京 雁部 貞夫

釜無川の流れ鎮めし跡見れば信玄びいきを吾も肯ふ
雲峰寺の孫子(そんし)の御旗を行きて見む七百歳の桜咲く頃


  福 岡 添田 博彬

抗癌剤効かざる細胞あるを知り密かに父母の墓立つるを決めぬ
電話の声太きに妹は安堵せるや春近き予報聞き墓参を誘ふ


  さいたま 倉林 美千子

揺らぐ炎厨に充ちし一瞬のその次に何を為ししか知らず
燃えあがりし炎治まり事なきを得て歳晩の夜は更けてゆく


  東 京 實藤 恒子

増上寺の極まる紅葉(もみぢ)にわれを立たせ人は写真家の目となりてゐる
珊瑚礁に出で入る色の鮮やかなる小さきものらに釘付けになる



(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

リヤ王の末期に自分をなぞらへていまししか最後の月の一連
谷ふかく樹氷の融けて息上ぐる奥よりかすかにひびく沢音


  小 山 星野 清

個人情報やかましくいふこの国が年齢を示して巷ゆけとぞ
しかれども今日も高齢者による事故のニュース老いの強がりばかりは言ひ得ず


  札 幌 内田 弘

雪消えて放置自転車の出で来れば人間を支へしサドルが曲がる
チカチカと光る蛍光ペン引き読みてゐる少女よ茂吉の歌が哀れぞ


  取 手 小口 勝次

新しき世を見て詠めと言はれたる一言浮かぶ遺影に向かひて
神田川に架かるふれあひ橋に見る川面に揺るるビルの灯火


先人の歌


島木 赤彦 歌集『柿蔭集』

○岩あひにたたへる静もる青淀おもむろにして瀬に移るなり
○霧はるる岩より岩にあな寂し傾きざまに橋をかけたり
○仆(たふ)れ木にあたる早湍(はやせ)の水も見つ寂しさ過ぎて我は行くなり
○隣室に書(ふみ)よむ子らの声きけば心に沁みて生きたかりけり
○信濃路はいつ春にならん夕づく日入りてしまらく黄なる空のいろ
                     

バックナンバー