作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成22年3月号) < *印 現代仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満

エレベター停まる階ごと「クリスマス」ネオンサウンド遮るトビラ
酔いたきになぜか酔い得ぬ夜もある明日見えぬゆえ酌み交わす日の


  高 松 藤澤 有紀子

若さとは傲慢なるらし後輩の姿にかつての我を思えば
しらじらと明けゆく街を覆い隠す白色の闇霧立つ朝


  宝 塚 有塚 夢

ニナリッチの新しきオレンジ色の傘雨をはじきて私も弾む
冬の嵐のしばれる程の冷たさよこの身を厳しく叱っているのか


  千 葉 渡邉 理紗

快晴と曇りばかりを繰り返す空はオゾンの破壊を嘆く
単独の客の目立つ終電車中止となりし忘年会を思う


  丸 亀 日向野 麻季

春の祝ひの小さ目の器を買ひて桜生ける時の来るを楽しみに待つ
うつすらと芽吹きて訪れ来る様な確かな春はこちら見てゐる




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

橋の右橋の左のそれぞれにまったく異なる潮の世界
潮騒の響きいつしか遠ざかり落葉踏む音この島にひとり


  横 浜 大窪 和子

耳成山香具山畝傍見放けたり朝風はかよふわれの心に
香具山の裾の御寺に座して仰ぐ十一面観音こころに刻む


  那須塩原 小田 利文

進路支援担当となりて見るを得し君の笑顔ぞ一生忘れず
子の鳴らすジングルペルにも浮き立たず就職決まらぬ一人を思ひて


  東広島 米安 幸子

黄金なす稲田は夕べ照り映えて彼方斑鳩は陰となりたり
ほしいまま稔る稲田の美しさ長く忘れてゐたりきわれは


  島 田 八木 康子

梢より銀杏葉律儀に散りゆけり師走の庭に光集めて
きれいさつぱり忘れてをりぬ本の虫と時に揶揄され読み来しなべて



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

酒飲めば何度も夜なかに目をさます老いとなりたり今宵は飲まじ
元日のあたたかき日を浴びながらこの路地に咲くたんぽぽいとほし


  東 京 佐々木 忠郎

函館の友の庭より貰ひたるヒマラヤ雪の下夏に黄の花咲かす
プランターに植ゑしヒマラヤ雪の下花過ぎて円き葉よく繁るなり


  三 鷹 三宅 奈緒子

道へだてしビル三階に小さきツリーきらめくを夜々の慰めとゐる
ことに追はれ幾日過ぎつつ夜々に読む大仏次郎の猫のエッセイ


  東 京 吉村 睦人

第三の人生をこれから初めむと八十歳にて家を移れり
この窓にこの机にこのスタンドに校正するも今夜が最後


  奈 良 小谷 稔

定年まで欠勤をせず働きしを吾もし言はば人嘲ふべし
動員学徒のとき皆勤の賞を受けき惰性に生きる性のまにまに


  東 京 雁部 貞夫

終着の新潟近き頃なれど何処まで続くかこの雪の野は
朝まだき信濃の大河の岸に出づ海に入りゆく流れ豊かに


  さいたま 倉林 美千子

開かれし扉の内の観音像頬に夕光を纏ひて立たす
豊かなる体躯のみ前自づから手を合はせたり山のみ寺に


  東 京 實藤 恒子

年の逝く思ひは寂し大切なる三人を相次ぎ送り来しかば
人少なき電車の中に己が身に及べる日差ぬくとくさびし


  四日市 大井 力

柵立てし横穴くらく人阻む本土決戦の銃組みし跡
海軍に徴用されし人々が銃組みし秘密の横穴のあと


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  小 山 星野 清

白樺の林尽き緑なだらかにこの北国にもゴルフ場あり
投票所閉ざす時刻か日本の衆院選を遠く思へり


  札 幌 内田 弘

雪まみれの我が自動車をスタンドに直線的に突き入れたり
自づから常夜を光る自販機の並ぶ一画ガレージの脇


  取 手 小口 勝次

高岡駅の前に少女ら並ぶ像家持詠みし堅香子を持つ
家持の愛でし高岡の二上山奈良を偲びて通ひしなら


先人の歌


正岡子規の春の歌

 遠近に菜の花咲きて朝日さす榛の木がくれ人畑を打つ
 瓶にさす藤の花ぶさ一ふさはかさねし書の上に垂れたり

前の一首は明治三十一年の春の作、後の一首は死の前年の明治三十四年春の作。
俳句を写生という表現で改革した子規は、明治三十一年の頃は、短歌も写生という点では同じで、短歌は俳句の長いもの、俳句は短歌の短いものという考え方であった。前の歌は、菜の花、朝日、榛の木、畑を打つ人という写生画のように多くが客観的に詠みこまれている。何が風景の中心かわかりにくい。藤の歌は藤の花が本の上に垂れている様が鮮明にクローズアップされている。万葉集などを味読するうちに子規は短歌は俳句より長いが内容は短歌のほうが単純だということに気付く。
材料をできるだけ感動の核心をなす一つに絞る。藤の歌はそれを示している。   
                     

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