作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成22年2月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満

クリスマスのネオンの微かな輝きが降る雪溶かし我のみ残す



  高 松 藤澤 有紀子 *

常になく真顔で鏡を覗きこむ子の横顔は少女(おとめ)さびいて



  宝 塚 有塚 夢 *

十一時間の労働し終え帰る中i-podの曲で疲れまぎれる



  丸 亀 日向野 麻季

出航の後で気づくことも有る陸に戻るには遅すぎることに




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

「見るものは雲のほかなき吾なるに」み歌は今のこころ揺さぶる
わが母と車の中にひとときを野に立つ虹のその真なかにて


  横 浜 大窪 和子

鈴懸の並木の影を拾ひ行く日差しの強きバルセロナ大通り
投機マネー早やウォール街に戻るといふ十パーセントの失業者置き去りにして


  那須塩原 小田 利文

仕分けにはあらず必然パソコンの購入費を兄の治療費に充つ
毟り取り毟り取りして小さき手に蜜柑の皮を一人で剥きぬ


  東広島 米安 幸子

男子生れて姉となりたる七歳が喜ぶ父をぼそつと言ひぬ
軒端より伸びくる日差しは揺籃のみどりごの上に屈折したり


  島 田 八木 康子

鉛筆に影のみ描きゆく人の画紙にほのかな光浮かび来
わがままと気づかず過ぎしいくつかが不意に浮かび来眠れぬ夜は



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

やつと捜しし本なるをまた見失ふああ煩はしこの世のことは
椅子を並べ茂吉文明の両先生むつまじく常に話しいましき


  東 京 佐々木 忠郎

何故(なにゆゑ)の終刊か知らず狼狽(うろた)へし彼の日思へば若かりき吾も
友が呉れし故郷の油彩画うれしけれ朝に夕べに心潤ふ


  三 鷹 三宅 奈緒子

崖のふち歩む心地と言ひしとぞ晩年の父の言葉いま聞く
みちのくの秋は紅葉の濃くあらむ友らと年々の旅も絶えつつ


  東 京 吉村 睦人

老いてゆくことは極めて自然ゆゑ焦りも怖れもわれは思はず
次々とより綺麗な落葉に拾ひかへる幼なと歩む楓並木の下


  奈 良 小谷 稔

過ぎし年まれなる豪雪にこの山の人らこぞりて村捨てしとぞ
住み捨てし家あり何かの工房か裸電球昼をともれり


  東 京 雁部 貞夫

八ヶ嶺の南の麓に隠れ里「稗の底」あり樹海の中に
齢たけて今年会ふなき友三人わらび採らむと山歩きしに


  さいたま 倉林 美千子

発行所まで付き添ひ歩み自づから病のことには触れず語りき
「稿料なし」と病みつつ楽しき依頼状応じて書きしよ由なしごとを


  東 京 實藤 恒子

降り立ちし渡しの跡どころ砂州を分け迸り来る天竜川は
貫ける中央構造線に沿へる村豪雨に呑まれし五十余名か


  四日市 大井 力

背をかへす吾を引止め散る銀杏折しも茜に空染まるころ
シルル期の頃より風媒遂げて来て何代か今年も黄の葉を降らす


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  小 山 星野 清

衰へしわが裸眼にもあきらかにオリオンの大星雲見ゆるこの空
久々に見ゆる昴(すばる)をなつかしみ仰ぎてをれば星の流れぬ


  札 幌 内田 弘

冷蔵庫の中に芽を出すジャガイモの伸びゆく時の組織の崩れ
一列に並ぶ駐輪場こそ哀しけれ雪吹き込みてサドル埋まる


  取 手 小口 勝次

鰤漁の定置網めぐる船の水脈富山の海に深く広がる
日航の退職者年金切らるるはこれも政府の介入なるべし


先人の歌


それぞれがその時を生きた証としての新年詠

 ○斉藤茂吉『遍歴』上海途上(大正
14年)
・まともなる海のしほかぜ吹くときにわが悲しみをおのれ見むとす(大正14年)
・何事もいたし方なししずかなる力をわれに授けしめたまへ 
 (大正14年1月1日、この前日大晦日に茂吉はドイツ留学から帰国の船上で青山脳病院全焼の報を受け取った。人生の再出発ともいえる新年であった。)

 ○柴生田稔『麦の庭』開戦(昭和17年)・光と影(昭和18年)
・今日の日をあやぶみ居りしみづからと思ほえぬまで心はすがし
・しずかなる曇の奥ゆ明るみてきびしき戦ひの新年たちぬ
 (昭和16年12月8日、日本は第二次世界大戦参加を布告した。前の歌はその直後、後の歌は一年後の新年詠である。三十代半ばで迎えた稔の戦争への表白であった。)

 ○土屋文明『山下水』新年の歌(昭和21年)
・国せまく山の常陰(とかげ)も麦蒔きて麦のうへなるにひとしの雪
・新しく来らむ年を饑ゑしむな国こぞり待つぞ麦の上の雪
 (昭和20年八月、人々を飢えに追い込んで戦争は終わった。文明自身も敗戦後荒れた国土を耕して食を得ようとした一人である。疎開先川戸での作。)

            倉林美千子「時代を生きた証」より
                     

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