作品紹介

選者の歌
(平成24年12月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

この夏の蝉のこゑよと聞くものか今日安曇野の松蝉のこゑ
樹々の幹に照れる夕光たちまちに消えて林の暗くなりゆく


  東 京 吉村 睦人

かなしみを怺へる為の軽口と知らるることなく今日も過ぎたり
ためらへる心を今日も励ましてエレベーターのボタンを押しぬ


  奈 良 小谷 稔

あこがれか祈りか出土せし壺に矢の突き刺さる鹿の線描
稲の田に並ぶ放置の広き田を覆ひ尽して荒き葦原


  東 京 雁部 貞夫

吾がことを詠みたる一首見出でつつさながら浮ぶ君の面影
吾と吸ふ煙草一本うれしとぞ鹿児島歌会の記憶新たに


  さいたま 倉林 美千子

雷に裂けしキヤンパスの鈴掛に手触れて吾らを待ちていましき
君病みて後のブランクは許されよ列に戻りて歩きましたよ


  東 京 實藤 恒子

墨すりて敗戦の日より十日間画仙紙に向ひ無心に遊ぶ
ひたぶるの甦りつつ画仙紙に筆をおろすは五十年振りぞ


  四日市 大井 力

捨つるもの物心共に限りなく落ち着きどころ定まりゆくか
やうやくに何かが見えてきたるかと思ふに時のさして残らず


  小 山 星野 清

ここに遊びし級友の大方既に亡し六十年は束の間にして
過ぎゆきし六十年をただ思ふ煙立つ浅間の山に向かひて



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

のぼり来し岬の上は雨やみて散りしく葛の花の香ただよう
砲弾の響く街路をあゆむ人みどりご眠れる籠をさげつつ


  札 幌 内田 弘

ネアンデルタール、クロマニヨンの末裔なりけふの行動もその範囲なり
寂しいにも程があるぞと嘆きつつ堂々巡りの北環状線


  横 浜 大窪 和子

イルカのショー見つつ幼の何思ふ細かく並ぶその歯を言ひぬ
品川の街なかにある水族館ノコギリザメがマンタが泳ぐ


  那須塩原 小田 利文

心拍の乱るる感じは今朝もありて整ふを待つ恃む思ひに
家系なる男子短命のことも思ふ息苦しさに夜明け目覚めて


  東広島 米安 幸子

さしならぶ軒にあざやかに夏の花咲きてどこにも人影を見ず
わづかなる土に育ちて軒端まで伸びし蘭の朱実はまばら


  島 田 八木 康子

ここに私も生きてゐますと言ひたくて衝かるるごとく詠み始めたり
足早にかぜ台風は過ぎゆきぬ築百年の屋根を揺らして



若手会員の歌


  尼 崎 有塚 夢 *

「若者の弱き心根」と中年言うそれは貴殿らが作った社会



  奈 良 上南 裕 *

工場の油に浸り蜜色に照るヤママユの太き触角



  高 松 藤澤 有紀子 *

逝きし伯父の魂の水先案内人なるか通夜の庭にて鈴虫の鳴く




先人の歌


竹山 広歌集『射禱』

原発の被害はどこまで広がるのか全然見えない。放射能の恐ろしさだ。竹山広は終生長崎の被爆体験をベースに詠い切って逝った。

○二十六歳の骨うつくしく遺しゆきぬ豊かに固くもの言はぬ骨
○一分の黙禱はまこと一分かよしなきことを深くうたがふ
○まゐつたと言ひて終りたる戦争をながくかかりてわれは終りき
○往きに轢きし花びらの上のあたらしき花びらをまた轢きて戻りく
○椅子にきて乱るる脈をしづめゐるわが眼のまへの雨の筋あはれ

                     

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