作品紹介

選者の歌
(平成25年3月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

おのがこゑいづくゆきしかかすれたる低きこゑにて何をつたへむ
失ひしわがこゑ呼ぶとリハビリす単文復誦を幼なのごとく


  東 京 吉村 睦人

冬にても豊かに流れゐる疎水かなしきことをしばし忘るる
潮の流れ変りたるらし目の前の突堤の(へり)にしぶきあがれり


  奈 良 小谷 稔

もう乗るなと言はるる自転車汝も吾も共に喘ぎて坂登りゆく
逝く前の挨拶のごと日向(ひうが)より柚子をたまひてたちまちに亡し


  東 京 雁部 貞夫

黒御影の石に岡村と彫りしのみ紅梅一枝おきて佇む
「岡村はよき人なり」と文明先生のたまひきかの将軍のみまかりし時


  さいたま 倉林 美千子

曇り低き夕べの道を来るは夫かショルダー少し長めに掛けて
相共にはじめて老いるゆゑに知らず老いがいかなる形にくるか


  東 京 實藤 恒子

九十三の友の送れるファックスが今し出で来てほのぼのとをり
鯖雲の一面にうつりて揺らぎゐる水面すれすれによぎる蜻蛉は


  四日市 大井 力

厄災が川より入るを注連縄(しめ)渡し防がむとせし万葉びとか
この川に(しがらみ)立てて草木(さうもく)にせき止めて灌漑をしたる棚田か


  小 山 星野 清

写生帖手にせる十年前の君秋山庄太郎に依りて残れり
現代の作家とて美術誌に載りし写真掲げられたり花囲む中に



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

おりおりに雪はあられに変わるらし夜更けて窓にさやかなる音
夜を来てはじめて気づく高さなり電飾かがやき苑のモミの樹


  札 幌 内田 弘

クワガタの図鑑は酒の肴にてぐづぐづ飲めば妻は嫌がる
裏切りと復讐渦巻く韓国ドラマはらはらさせて外貨を稼ぐ


  横 浜 大窪 和子

ひさびさに炉を設へて炭を焚く集ふにすこし寒きわが庭
色づきて黄に散り敷ける柘榴の葉掃かずにおかむ子ら集ふ日は


  那須塩原 小田 利文

吾が描く未来に架かりし虹ひとつ子ははつきりと「ピアノ」と言へり
見えぬ君の心に在らむ風景か古き写真をデータ化しゆく


  東広島 米安 幸子

君もわれも熱意あふるる先生に導かれてのアララギ会員
率直なる言葉すとんと胸に落つこの後われの力となさむ


  島 田 八木 康子

一日にあれこれできぬ我となり眼科医の冷たき椅子に息づく
鈍感に右から左にやり過ごす術もいつしか身に添ひてきぬ



若手会員の歌


  奈 良 上南 裕 *

なぐさめを皮肉と受け取る同僚におそるおそるわが冗談を言う



  高 松 藤澤 有紀子 *

細々と作りため置く教材を空ろに眺むゴミになるかと




先人の歌


『落合京太郎歌集』より

(ふふ)めるはくれなゐ結び咲きたるは夢ほのぼのとプルメイリアの花
虹の如く花穂をかざすrain(レイン)-()tree(トリー)みどり濃き蔭に暫しいこはむ
高き幹より垂るる根は太く(つち)につく印度バンヤンの暗き下かげ
仰ぎ見る気根は幾百条にもほそく垂る空より(つち)を恋ふる如くに
足ひきて夕べ芝生にあさる鳩雀に似て雀より少し大きく
木の下の自動車の中に犬は待つワイキキの浜の燃ゆる夕映え
カピオラニイの青き芝生に照る月夜高く啼く鳥黒き森より

 昭和41年(1966)、作者61歳の折にハワイで詠まれた作品。プルメイリア、バンヤン、カピオラニイ等現在の通常の呼び方とはわずかに異なるものがあり、字余りになっているところも多いが、作品の持つ勢いがそのことを気にさせない。

                     

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