作品紹介

選者の歌
(平成25年4月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

ひすがらに降りやまぬ雪われはわが痛みに耐へてひとりこもれる
降る雪はみちのくを若き日を思はしめ心たゆたひとめどなくをり


  東 京 吉村 睦人

外灯の光の中をよぎる雪過ぎし思ひを蘇らしむ
山に履きし厚き靴下をわが履きて足あたたかく今夜も眠る


  奈 良 小谷 稔

用のなき本の始末を今日聞きぬ東日本の被災地が待つ
少年にして諦むるすべ知りきまづ身の丈の低きことより


  東 京 雁部 貞夫

五十幾年すぎしはまことか玉川奥沢町「戦後アララギ」の跡訪ねゆく
かの頃のアララギ小僧のなれの果て歌に苦しむその日の如く


  さいたま 倉林 美千子

一日屋根よりしづれし雪の音絶えぬ玻璃戸の外は凍りたるらし
「吾を呼ぶ如きその音」と詠みましき病院にひとり聞く木枯らしを


  東 京 實藤 恒子

鵯よひよ何を訴ふバルコンの手摺に来りわれに向かひて
萌黄色の橋をうつしてしづまれる河口は運河に交はるところ


  四日市 大井 力

どの家も日向ぼこする縁側をしつらへてふるさと冬を待つとき
ふるさとの駅には停まることのなき南紀特急とどろきて過ぐ


  小 山 星野 清

すぐ見よと言はれし「チェルノブイリの長い影」ホームページよりたちまち消さる
放射能による健康被害の深刻さ海彼にまさるを知る報告書



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

かすかなる蜘蛛の巣またも修復されわが部屋うちにひそめる命
感覚の固まりては駄目われら八人ふるき新しき寄せ集めがよし


  札 幌 内田 弘

頭より食はれて痛いか子持ち柳葉魚こよひ()ばれる吾が誕生日
平均に焼かねばならぬぞ串刺しの鰻ぎらぎら油垂らして


  横 浜 大窪 和子

花に埋もるる穏しき頬に手を触れぬ義妹(いもうと)の終の世にある頬に
姉妹持たぬわれら心を通はせきまことのはらからのやうにいひ合ひて


  那須塩原 小田 利文

吾が抱くショパンのイメージ打ち砕きピアノの鍵盤をルイサダ叩く
ピアノの弦切れてルイサダ立ち上がる困りし如く楽しむ如く


  東広島 米安 幸子

叱られて思ひつめしか帰宅せず校庭見ゆる公園にて死す
固き莟(はらら)く花も描き添ふる二百年前のボタルニカル・アート


  島 田 八木 康子

溝川に(せき)して汲むがごとくにも歌つくりきぬ籠もる暮らしに
幼き日と何変るなく庭隅に玉すだれは細き花茎を立つ



若手会員の歌


  尼 崎 有塚 夢 *

勉強のためでもビジネスのためでもなく英語を初めて言葉交した
「キレる若者」「キレさせる中高年」どっちもいてどっちも困る


  奈 良 上南 裕 *

溶接もできぬ野郎でどうすると父に機材を借りて教わる
父は見す溶接ビードの一様に赤き光の収まりゆくを


  高 松 藤澤 有紀子 *

年越して何かが変わる心地して空を見上げる星降る空を
幸せになるとう鐘に人の列心弱きは我のみにあらずか



先人の歌


中島栄一の歌

貧しき様を見らるるがいつも苦になりて心許しし一人さへなし
なよなよと女のごとく吾れありき油断させて人をあざむきにけり
紙の上におのが弱点を書き晒しすがすがと居ぬ今夜ひととき
教養あるかの一群に会はむとすためらはずゆき道化の役をつとめむ
吾をわらふ友らの前によりゆきてしどろもどろにわれも笑ひ居き

中島栄一は1909年奈良県今井町生まれ、家庭の経済に恵まれず義務教育の後商業学校に入るも一年で中退し以後学歴を持たない。孤独の少年期に短歌に親しみ若山牧水の「創作」に約三年ほどいた後1929年(昭4)二十歳のときアララギに入会、土屋文明のもとにその特異な才質を発揮してゆく。1992年(平4)83歳で死去。上に掲げたような屈折したコンプレックスを自虐的に詠んだ作のある『指紋』が注目された。

                     

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