作品紹介

選者の歌
(平成25年8月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

この短き一年の()の変動よ逝きし人夫病みし人われもまた病む
二人の愛の成就を喜びて書きやりしかな「人生棄てたものではない」などと


  東 京 吉村 睦人

われよりもひと回り若き君なりしに同じ病に倒れたまひぬ (笹原登喜雄氏)
食へと言ひ送り呉れたる山百合に蕾のつきて面影の立つ


  奈 良 小谷 稔

遠き世のかなしみ偲びわが来しに五月の大辺路海の明るし
浜松は幾代の(すえ)か下蔭を囚はれの皇子(みこ)歩むまぼろし


  東 京 雁部 貞夫

米沢の町の外れに墓一つ援軍を乞ひて果さず腹切りし人
草むらに埋もれし石は大方武家の墓小さきに刻む「夢幻童子」と


  さいたま 倉林 美千子

岬の上の小さき社に風ありて潮の香運ぶとぎれとぎれに
顧みる三重の塔の下にして君が幻よ杖つきて立つ


  東 京 實藤 恒子

歌詠まむ願ひ切なる若き友を迎へて華やげりけふの講座は
各おのの声を聞き分け人麻呂の長歌を読めば響く若き声


  四日市 大井 力

心清く歌に交はる縁得てけふは訪ひゆく人麻呂の跡を
筑紫また日向に伊予に阿芸の友峡の藤の房に声あげてゆく


  小 山 星野 清

京都の桜もうひと度と望まれて宛なきままに出で立たむとす
ありふるる豆腐料理を食らふさへ病を越えし妻のよろこぶ



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

高らかに笑うみ声の変わるなしどこか寂しげなるその横顔も
ピアノ弾くこともなからん旅先に今日も楽譜はたずさえて来つ


  札 幌 内田 弘

放射能の線量を日毎に測りゐる暮らしを想像出来ますか純白な雪に
吹き飛びし原発に掛ける冷却水漏れて海へ流るるは必然


  横 浜 大窪 和子

聞き返し多くなりたり思はざるきみに忍びよるものをさびしむ
手の届かぬいづこへ行くや改憲の文字踊る日々にこころ疲るる


  那須塩原 小田 利文

眠りつつも待ちゐし汝か起き出でてしがみつきたり靴脱ぐ吾に
父われの布団狭めて眠る子よ明日よりは母と二人の夜ぞ


  東広島 米安 幸子

奥歯病むわれに柔らかくありがたし日の匂ひする切干大根
夜明け前視野狭めて地靄たつ遠くに子規の鳴く声のして


  島 田 八木 康子

柔らかく太きを()りて一抱へ今日の夜なべは蕗の浅炊き
手に包む橙の花五つ六つ届けむ心弱れる友に



若手会員の歌


  所 沢 斎藤 勇太 *

心からあふれる不安を塞き止める強固な壁を築き上げたい



  尼 崎 有塚 夢 *

わたくしの落ち込み期間は短歌詠むに与えられたる恵みの時間



  奈 良 上南 裕 *

差し出だす菜の花に寄る山羊ありて細き瞳に吾のたじろぐ




先人の歌


鹿児島寿蔵『アプローチ』より

ろくろに寄る老の手わざのたしかさよその面立は幼きに似て
レグホンら光運びて入りゆけり鶏舎(とや)のうちにも安らぎあらむ
小さき紙いっぱいに一つ花の形剪り刻みたるが感情あふる
浴槽にひとりひたればデーモンのさそひにただに湧きくるテーマ
吾が知らぬことの一つかいとけなき者の言葉を耳たてて聞く

 *鹿児島寿蔵の第17歌集。紙塑人形の創始者であり、人間国宝(1961)となる。アララギ派の歌人でもあり島木赤彦・土屋文明に師事。迢空賞受賞(1968)。

                     

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