作品紹介

選者の歌
(平成25年9月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

三十年住み来し家の内杖ひきて歩みやうやくに日々の過ぎゆく
ヘルパーとの話題は昨夜(よべ)のサッカー戦すがすがとして帰りゆきたり


  東 京 吉村 睦人

北大なりしか君の母校の構内か夏過ぎ方の花の園なりき
運転をわれに委せて助手席に気を遣ひゐし君にてありき


  奈 良 小谷 稔

ふるさとの三軒のみな稲をやめ応ふるごとく五月の旱
豌豆の畝小気味よく枯れたれど火を放つこと今はご法度


  東 京 雁部 貞夫

敦賀より山谷(やまたに)深くのぼり来て今眼の前に栃は咲き満つ
歳々に花咲き継ぎて五百年峠に栃の木は傾けり


  さいたま 倉林 美千子

病後を籠るモーリの元気な声がするエネルギーが余る余ると言へり
痩せ痩せしロンの方がむしろ心配といふをし聞けば憂ひはあらた


  東 京 實藤 恒子

講座終へ帰りゆく友のさしかくる日傘のなかに話ははづむ
キャンパスを連れ立ち来れば薄紅(くれなゐ)の雲かとまがふスモークツリーは


  四日市 大井 力

つつましく耕して過す生活を果さず人間(じんかん)に埋没されき(横井庄一氏)
穴倉より出でて引揚げてもみくたにされて胃癌にはかなくなりぬ


  小 山 星野 清

チェルノブイリの事故より二十五年経て健康な子供が二割なしとは
くり返されし「ただちに影響はない」の意味今更に思ふデータを前に



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

なにがなし心引くいろと歩み来て熟れたる麦の畑のほとり
夫の吹くみじかき口笛きこえきて朝の厨のわたしを救う


  札 幌 内田 弘

綿毛あれば吹き尽さずに置くものかセシウム入りのタンポポ、アカシア
三回忌に嘘八百の罰(ばち)あたり母が見てゐるぞ大言、大酒


  横 浜 大窪 和子

精密部品切削の時代は終はれるかプリンターに高精度の部品造らる
この美しきレースやうなる精密部品3D(スリーディ)プリンターに造られしといふ


  那須塩原 小田 利文

使ふなく十三年持つJAFカード無駄なるも良しと更新したり
クールビズの時期となりしを喜びて仕舞ひ込みたり慣れぬネクタイを


  東広島 米安 幸子

園庭のけやきに掛かる樹上の家(ツリーハウス)この頃出で入る児らを見かけず
潔く脱原発を決めしドイツすでに廃棄のスウェーデンもあり


  島 田 八木 康子

上野公園に横たはりゐしあまたなる白衣の傷痍軍人忘れず
この上なく落ち着かぬ椅子に待たさるる如き心地の昨日も今日も



若手会員の歌


  所 沢 斎藤 勇太 *

やる気だせやる気をだせと自らに言い聞かせるがなかなか起きず



  富 士 秋山 真也 *

振り出しに回帰したる心地して祖父の住家(じゅうか)の社を通る



  尼 崎 有塚 夢 *

魂に迫り来るごとく夕焼けは藍と愛と哀の色して



  奈 良 上南 裕 *

吊り上ぐる間際に鈍く音響き荷の重心を触れて確かむ



  高 松 藤澤 有紀子 *

それでねを飽きることなく繰り返す子の果てなきしゃべりを夢の中に聞く




先人の歌


落合京太郎歌集より

出来損(できそこなひ)が窯変天目になることを疑はず我は歌作り来ぬ
韮菁集も柳の花も知らざりき復員NO.23502のわれは
しこいわし十尾に余る酢味噌あへ簡にして速貧者の食は
夜更しを人はけちと言ふ老い老いて迫る思ひに時を惜しむに
いま一度国の滅ぶを待つ者はと問はば手を挙げむ我が躊躇はず
在り在りと君の書入の残る蔵書善き図書館にゆきて休めよ

生  明治38(1905)年9月26日
没  平成 3(1991)年4月 6日

                     

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