作品紹介

選者の歌
(平成26年5月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

思はざる順位になりしを悲しめど一人居なれば一人かなしむ(浅田真央選手)
亡き母がその背後より支へしかミス無く(また)く滑り終へたり


  東 京 吉村 睦人

この草の古名がアララギなりしこと知りたるわれはいとほしみゐる
大切に守りてゆけばそのうちに一群なすかこのアララギは


  奈 良 小谷 稔

故里に住む弟と雪の深さ互みに告げぬわが声癒えて
枯れし花穂四五本残る藤袴しひたげて積むきさらぎの雪


  東 京 雁部 貞夫

思ひきや吾より若き君の死を神田の路地に飲み語りしに(悼小高賢氏)
下町に生まれ育ちて学びしを共に言祝ぎ微笑みたりき


  さいたま 倉林 美千子

赤き椿切りてゆさゆさ抱へつつ夫が呼ぶなり庭隅にして
受け取りし椿を抱へ直したり雫の散りて雪匂ひたつ


  東 京 實藤 恒子

天職と喜び励みし教師の日々ひとり健やかに恋愛もして
白き瓶に咲き盛りゐる啓翁桜ポトフーも煮えて人来む頃か


  四日市 大井 力

生誕し約五十億年目の太陽沈みてゆくに会釈送りぬ
いたましく人に授かるまばたきのひまか精々百年未満


  小 山 星野 清

もう一回もう一回と言はるるままこの踏切に電車を待ちき
空低く思はぬ方へゆく機影連想は少年の日のB25に



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

月づきの甲府歌会には「道枝ちゃん」と声かけ給う恩師がふたり
ちらちらと光みだれてオリーブの枝々に朝を雀らの来る


  札 幌 内田 弘

ビル群のビルを写せるビル窓のミラーに忽ち吸ひ寄せられた
雨粒をその巣に残し晴れとなる女郎蜘蛛よカナブンは来ない


  横 浜 大窪 和子

カフェテラスに向き合ふ二人それぞれにスマホに触れ居て話すことなし
おのが過ちに落胆したる思ひより逃れむとせし眠りならずや


  那須塩原 小田 利文

この二年覚え込みしを吾が脳よ吐き出しくれよ今日の試験に
脳に効くと聞きて持ち来し納豆のむすびを食ひて午後に備へぬ


  東広島 米安 幸子

とんで飛んで着氷のたび拍手鳴り終には立ちて声に称へたり
美しき涙の顔を肩にささへ労ふコーチのしろ髪きよし


  島 田 八木 康子

「あぶらや」と今も呼ばれて百年の商ひ閉ぢむ夫の心よ
店舗閉づる詫びとお礼を言ふ我に「どうぞお元気で」と近隣の一人



若手会員の歌


  東 京 加藤 みづ紀 *

定時にて退社をしたる雪の日に家族揃いてワインをあける



  尼 崎 有塚 夢 *

窓辺から「天使のはしご」を見かけたりいいことありそう今日は立春



  奈 良 上南 裕 *

製品に測定器の傷の残れるを顕微鏡写真見て上司は咎む



  高 松 藤澤 有紀子 *

雪積る思わぬ深さの嬉しさよ真白き上に置く我が足のあと




先人の歌


『落合京太郎歌集』より

セイント・ジョン教会(とびら)()くる人居りて朝霧はうごくエルムの並木
われの如く上着脱ぎ持ちて歩みくる一人が微笑す微笑を返す
にいにいに似て寂かなりと告げやらむ夕暑き(オーク)の青き下かげ
右側に小さなる四角の夜の庭光はあたるCupid(キューピド)とベゴニヤの花に
壺の中に余りし(あし)を引き入るる(たこ)の平安もわが覗く世界
しだれ桜に(ねがひ)を結び人去れば白き山茶花(つち)にこぼるる
日本人の発音の濁りを思ひつつひえびえとうごく空気の中にあり

 法律の道において日本の第一線をあゆまれた方であり、「アララギ」の選者でもあった。上の七首は、「昭和40年」の項より抜き出した。作者60歳の作。
 感覚がみずみずしく、言葉から受ける印象があたらしい。

                     

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