作品紹介

選者の歌
(平成28年5月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

(しづ)る雪傘に受けて並木路を郵便投函に往復し来ぬ
花韮の花が一輪咲きてをり被りし雪の融けし鉢にて


  奈 良 小谷 稔

動脈瘤も腎の石も暴れることなかれ八十八の吾の道づれ
わが集落に初めて引きし電灯の光は死に近き父を照らしき


  東 京 雁部 貞夫

何者の発案なるかハリストス正教会の跡さへも消す
街の中へ移りし会堂見むも空し一月尽の雪降り出でつ


  さいたま 倉林 美千子

雪の降る音と思ひて窓に寄る雪降る奥の闇果てしなし
(いとま)なき己が身責めて詮もなし机のあかりまた点したり


  東 京 實藤 恒子

桜島の噴火次ぐ日は台湾の地震(なゐ)自然も既に限界ならむ
真性寺に見下ろす緋梅鮮烈たり仏の祝福の注げるなかを


  四日市 大井 力

放置してありのまにまに生き残る鉢のひとつに蕾十五個
長くともおほよそ百年人は皆静かに去りて芽吹く銀杏か


  小 山 星野 清

豆撒かずなりて幾年今さらに売らむと囃す恵方巻など
街なかに知人見えぬは大方が失せたるゆゑと今更に知る


運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

大塚の駅に偶然を装いて家庭教師がえりの君を待ちいき
オリーブの苗提げわたしの傍らをあゆめる君のいまは白髪


  札 幌 内田 弘 *

青白き男とステゴサウルスを肴に遥かジュラ紀を呑みぬ
鬼平がきりりと眉を挙げたならそら始まるぞ一網打尽


  横 浜 大窪 和子

後ろ向きの仕事といはむホッチキスをあまた外してコピーして居る
スン二派といひシーア派といふも同じイスラム教ただ対立の連鎖のなかに


  那須塩原 小田 利文

病む妻が欲しがれば蜜柑買ひに来ぬ今日三度目のこのスーパーに
アベノミクスの富の滴は今日もあらず割引シール貼らるるを待つ


  東広島 米安 幸子

休むなき小啄木鳥を窓にわれは卓に「生誕一三〇年」の啄木を読む
啄木と世代同じき文明の啄木評のあたたかきかな


  島 田 八木 康子

若き日のアルバムに見る先生の筆跡わが知るものと似つかず
校正に励み生意気も言ひたりき初の読者になりし喜び


  名 護 今野 英山(アシスタント)

ヒップホップにサルサダンスの地区祭これも戦後の沖縄の顔
色のなき超高層の街のなか匂ふものなく猫すらゐない



若手会員の歌


  松 戸 戸田 邦行 *

老老介護の果ての心中伝う記事燃えゆく煙草をじっと見つめる


  東 京 加藤 みづ紀 *

白富士が車窓に見えるこの景色通勤客は気付いているか



  奈 良 上南 裕 *

ブルーベリーの飴を配って納期せまる出荷検査にハッパをかける


  高 松 藤澤 有紀子 *

「あっさりと辞めるんだね」と笑う夫決心までを彼は知らない


先人の歌


斎藤茂吉歌集『あらたま』(大正10年)茂吉の第2歌集。

わがこころせつぱつまりて手のひらの黒き河豚(ふぐ)の子つひに殺したり
しんしんと雪ふるなかにたたずめる馬の(まなこ)はまたたきにけり
電車とまるここは青山三丁目染屋の紺に雪ふり()()
ゆふされば大根の葉にふる時雨(しぐれ)いたく寂しく降りにけるかも

 第一歌集『赤光』に次ぐ歌集で、極めて特徴ある茂吉の歌が集められている。再び読み返すとまた新しい発見のある優れた歌集である。


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