作品紹介

選者の歌
(平成28年7月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

「為政者」が「偽政者」と誤植されてゐき若しかすると誤植でないかも知れず
「レッテル貼り」といふのもレッテル貼りなるに気付かぬほどの男ならむか


  奈 良 小谷 稔

水を求むる長き長き列の映像のまたも甦る眠らむとして
豌豆の実を摘む吾の地下深く地層不気味に押し合ひゐるか


  東 京 雁部 貞夫

湖(うみ)の上に夕べの光りいまだありスコッチ二杯ゆっくりと飲む
バミアンの大仏破壊の録画見る今また胸のつぶるる思ひ


  さいたま 倉林 美千子

隣ベッドに看護師さんの若き声「お尻を拭かしてもらっていいですか」
息子さんお嫁さん幼な子たち隣ベッドはお見舞いラッシュ


  東 京 實藤 恒子

少女らと幾度かゆきし熊本城その屋根瓦今し地震に落つ
叫び声の次々起りつひに己がこゑに目覚めぬ熊本の地震に


  四日市 大井 力

黙祷ののちにて会を始めたり友のいつもの椅子空けしまま
人ひとり逝けども何も変るなし桜過ぎ桃過ぎ櫟が芽吹く


  小 山 星野 清

裡深くひびくピアノを恋ひ恋ひてたゆき身をサントリーホールに運ぶ
やうやくに出で来しわれに万一の時あらば儘よそれはその時


運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

両手よりあふれ落ちたるふきのとう落ちたるところに摘むもう一つ
雪消えてぐちゃぐちゃとなり枯れ伏せる草はらにひびき蛙のこえは


  札 幌 内田 弘 *

読みさしの歌集は風に煽られてページ止まれば艶めく恋歌
卵黄が俎板の上に落ちたから揺蕩(たゆた)う心の固まることなし


  横 浜 大窪 和子

揺れ始めて九日十日揺れ止まぬかかる地震を思ひみざりき
一万メートルの地底に何が蠢くや巨大なる獣(しし)の目覚めしごとく


  那須塩原 小田 利文

厳めしき力士の顔の口元の微か解かれて涙を落とす
青塗りのカンバスに春の色撒きてカディンスキーの絵の如き空


  東広島 米安 幸子

熊本は夜ふけ再び7の揺れよつぴて眠れぬ人々思ふ
若葉蔭にこもらふ雉の二声(ふたこゑ)が「おかあさん」とわれには聞こゆ


  島 田 八木 康子

磨り下ろす林檎のいまだ白き間に食べきるがごと何に急くかるる
散り止まぬ桜の花を食む鹿のカレンダーの絵になごむひと月


  名 護 今野 英山(アシスタント)

あらはにも白き腹見せ横たはる鮫の末路の人ごとならず
鮫肉を人に配るは習ひなり旅の途中の「出合へば兄弟」(イチャリバチョーデー)



若手会員の歌


  松 戸 戸田 邦行 *

義父に添い九州縦断せしは五年前あの道が今土砂に埋もれぬ



  東 京 加藤 みづ紀 *

平行にのびるリフトの影うつる雪の斜面は楽譜のごとし



  東 京 桜井 敦子 *

宗教はどれも平和を謳うのにテロも戦争もこの世から消えず



  奈 良 上南 裕 *

社を去りし友らを思い構内の花壇の草を独り抜きいる



先人の歌


歌集『青白き光』より     佐藤祐禎著

いつ爆ぜむ青白き光を深く秘め原子炉六基の白亜列なる
小火災など告げられず原発の事故にも怠惰になりゆく町か
原発が来りて富めるわが町に心貧しくなりたる多し
原発に勤むる一人また逝きぬ病名今度も不明なるまま
原発に怒りを持たぬ町に住む主張さへなき若者見つつ

三十六本の配管の罅も運転には支障あらずと臆面もなし
原発の商業主義も極まるか傷痕秘してつづくる稼働
原発の港の水の底深く巨大魚・奇形魚・魔魚らひそまむ
差し出されしマイクに原発の不信いふかつて見せざりし地元の人の

* 『青白き光』は平成十四年、今から十四年まえに上梓された。原発を原子力の平和利用と考る人の多かった当時にあって、地元大熊町に住む作者はその実像を喝破し、既にこのような歌を詠んでいたことは瞠目に値する。五年前の原発事故に被災され、この歌集を仮設住宅に住みながら二十三年に再販(いりの舎)、二年後に八十三歳で逝去された、新アララギの歌人である。 


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