ふたたびの九十九里に来て海に対ふ心通へる友らのなかに
金大中だから平気と己が国を批判交へてガイドは語る
血を流す牛に挑みてつぎつぎに死出の飾りか小旗付き銛刺す
カスタネット激しく鳴らし床を踏むうれひもつ眼差しを宙にそそぎて
君らにて継ぐがさだめとゆだねられ十年か「はしばみ」の五十周年
先生のかたはらにゐるよろこびに励みき三十周年号の校正
青き竹並べ小さき垣を結ふ日の暮れ早き庭にかがみて
移り住みて十六年のわが庭に初めてのオハグロトンボただよふ
わが窓より七十キロ隔て臨界の事故に眠れぬ東海村あり
興る世の若き力の清しさか山田寺仏頭の面の清しさ
流氷のひしめく原をゆく船に深きみどりの海かいま見つ
一段と高く重なる氷塊に尾白鷲をり風に吹かれて
夕かげの廊下のドアをくぐりくぐり「最後の晩餐」見むと近づく
みどりなる丘のひとところ茶の色にさびさびと見ゆる街はアッシジ
病得て職退くことも思ひしに老いて再びのヴァチカンに来つ
小狸藻ありたる元の県庁堀復元されてただ水の澄む
電車喜ぶ幼子とゐる橋の上に風に吹かれて来るおにやんま
采配のあたりはづれをあげつらふ娯楽にはあらず国の政治は
やすやすと餌のゴカイを掘るまでになれ親しみき砂の川辺に
魚籠下げて夕べに帰るわれを待ち鯊揚げくれし母若かりき
星野清先生の第三歌集『月の照る空』より。歌集「後記」によると、「新アララギ発刊の一九九八(平成一〇)年から六年間の、七七八首を収めた」とあり、今回はその前半部分から二〇首を掲載した。作者の短歌作品の特徴の一つでもある、その地や事象に深く踏み込んで詠まれた海外詠はこの歌集でも存分に鑑賞することができる。今回取り上げた作品は、二首目韓国(九八年五月)、三、四首目スペイン(九八年一〇月)、一三〜一五首目イタリア(二〇〇〇年三月)である(括弧内年月は旅行の時期)。
五、六首目の作品は、「はしばみ」創刊五十周年記念号に「はしばみ五十周年に」と題して寄せた五首中の二首で、恩師生井武司から引き継いだ歌誌「はしばみ」への深い思いが伝わってくる。 |