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今月の秀作と選評




小谷 稔(新アララギ 選者)


秀作




ヘルメット軍手腰斧足袋脚絆けふの一日を杣人となる


評)
ボランティア活動で山林保護という地球的課題に挑戦した態度がすばらしい。そのものものしいいでたちの描写に気力の充実が感じられる。



高橋美千代

はろばろと時空翔けきて天平のきよき憂いの少年に会う


評)
興福寺の阿修羅像だとすぐわかる描写もよく、またこの仏像とこんな美しい出会いをする人はそう多くないだろう。



大窪和子

決算期の駆け込み受注を電話にて告げゐる夫よ声高くして


評)
いつまでも続く平成不況の一コマ。夫の電話が会社でなく家庭内であるというところに切実さがある。




紅さして楽しむ母の手鏡を危険物としてホームより持ち去る


評)
痴呆の始まったホームの母に対して、子はどう対処すればいいのか。歌は賢い模範解答を求めるものではない。


佳作




としえ

膨らみし木の芽に積もる雪融けず曇天の空に雲の動かず


評)
冬とも違う、春とも違う、まさに春先特有の季節感を捉えている。



つね姫

殻を脱ぎ球根ははや芽吹けるに私は未だ動けずにいる


評)
自然に寄せつつ内心をつぶやく。歌という形式のもつ長所を生かした。



遠野

筆談を続ける翁涙しぬ耳遠くなり会話少なしと


評)
表現が素直にすっきりとなりました。



あいこ

夜明けまで雨音乱れ鳴り止まぬ抱えるわれの鼓動にふれて


評)
下の句ずいぶん苦闘したかいあってよくなりました。「止まぬ」は言い切りにして「止まず」としたい。



長澤英治

ガソリンより高価なる水エビアンを飲みつつあゆむけふの五キロを


評)
世界水フォーラムに寄せた手慣れた作。題詠はやはり趣向本位になって内発的な感動には及ばないようだ。



かすみ

草枯れの深泥池のバス停に椅子ぽつねんと死者を待つごと


評)
絵画と詩が合体したような独特の情感が貴重。



敬子

きさらぎの日の射す窓の向こう側日照雨(そばえ)の音のかすかに聞こゆ


評)
日照雨という言葉と出会ったのも一つの収穫でした。上句の「日」が気になります。

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