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今月の秀作と選評



 (2008年12月) < *印 新仮名遣い>

星野 清(新アララギ編集委員)


秀作



けいこ

ミゾソバの生ひ茂りたる川に沿ひ国旗立てたる一軒のあり
何すると無きひと日なりパソコンにそれぞれ向かふ老い二人して


評)
1、2句の情景が効果を上げている。次作、老いた夫婦の生活が窺えるところがよい。



山本 景天


夕映えの東京タワーを見る妻が嫁ぐと寂しくなるわと言ひぬ
出身は伊達政宗の里なればこの青年に娘を託さむ
鮮やかな緑の笹で包みたる越後の粽三束買ひたり
ふる里は同じ越後と言ふ亭主笹団子一つまけてくれたり


評)
1首目、上の句の場面とともに話し言葉が生きて歌となった。3句の助詞を変えた。以下は一応できている。



金子 武次郎


故郷を離れて既に五十年吾が知る道は地図より失せぬ
瑞穂村豊田村また穂積村消えて久しき故郷思う
みちのくのぶな林伐りて道となし山を荒らして開発という


評)
2首目がよい。いかにも米どころを思わせる村の名が生きて働き、農村の変化が思われる。他も悪くはないが、やや一般的、大づかみに終っていよう。



市村 恵


渡良瀬川と分かれて遡(のぼ)る思川遠き日父と鱸釣りにき
思川の葦原に深く霧立ちて舟遣る音の遠くきこゆる


評)
固有名詞がうまく働いて情感を伝えている。



まりも


名前ほどきれいでないと言ふ夫に言葉返さずほととぎすの前



評)
作者の気持ちを推察できるところがうまくいっている。1首のみ引き抜くと「ほととぎす」が紛らわしくなるから「杜鵑草」としてルビをふろうか。



新緑


キーボード徹夜で打ちし文集を手に取りてみる今日文化祭



評)
文化祭に展示し得た文集への思いが伝わってくる。



荒川 英之


教員の採用試験に受かったと告ぐれば電話の母は泣きたり
眼の前を中学生が行き過ぎて二月にきまる赴任校を思う


評)
ことの重さが意味を持つ。一生の記念となろう歌。



松本


揉む屋台猛ればわれも昂りてカメラに追へり汗垂りながら



評)
原作の「練る」では静か過ぎるので…。


佳作



新緑


「葉っぱビジネス」学びし山の随筆の受賞の知らせは先ず妻に言う
十日間文集作りに打ち込めば「大丈夫か」と仲間が覗く



さつき


湯の宿の窓いっぱいの夕焼けにお湯もろともにわが身が染まる
いち早く桜紅葉は散りにけり幹黒々と空にさらして


評)
1首目、原作に手を入れすぎたのであえて秀作とはしなかった。



まりも


水やりを怠りしままのほととぎす今朝は若葉に蕾がのぞく
温き日差し残れる庭にひと群のほととぎすの花の淡きむらさき



天井 桃


白鳥の渡り来る声聞くたびに風の冷たさ肌に覚ゆる
ポストより出す新聞の冷たさに冬の訪れ近きを思う


評)
一首目の結句に少し手を入れた。



けいこ


尾を振りて待ちゐし犬と巡りゆく今朝は紅葉の散り敷く道を
去年逝きし恩師の庭にかりんの実あまた生りたり取る人もなく



松本

乗る子らの叩く太鼓が音頭執る八十人にて担ぐ屋台は
一斉に「チョウサ」と叫び一トンの屋台を頭上高く掲げぬ



太田


口のみで描きし絵画と三行の詩の前に立ち優しくなりぬ
七十を過ぐる女も糧を得むと駅前に今朝もバスカード売る



市村 恵


如月の坂東の野に光りつつ我がモルダウの流れゆく見ゆ


評)
この歌の成立の経過を知らずに1首を見ると利根川が連想され、違和感はあまりなくなりよくなった。



荒川 英之


縁側に「ああ」「ああ」と洩らすみどり子の声は鴉の鳴くを真似るか




吉井 秀雄


冴え冴えと朝の日差しの照るなかに黄鶲(きびたき)の骸(むくろ)を土に返しぬ



寸言


選歌後記

◎何を捉えて歌うかが大事なこと
・心に響いたものを歌にしよう。
・作者の伝えたいことは読者に分かるように…歌らしくなるような気がして使うのだろうが、生かじりの文語が持ち込まれて意味不明の歌がいくつかあった。もっと素直に。
・事柄が伝わっただけに終らないように…読者から「そうですか。それでどうなのですか。」と返ってくるようでは歌ではない。
・よい歌を積極的に読もう…よい歌に親しんでいれば、つまらぬ歌が分かるようになる。
(備考)特に評を記さなかった佳作の作品は、日の浅い作者によるものとすれば充分に評価されてよい歌と思う。

             星野 清(新アララギ編集委員)


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