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今月の秀作と選評



 (2009年1月) < *印 新仮名遣い>

雁部貞夫(新アララギ選者・編集委員)


秀作



山本 景天

夜祭りの花火の色のくつきりと床に入りても瞼に映る


評)
この歌は、事実の持つ強味が出ている作。こういう歌は素材をそのまま活かせば良い。テクニックは必要ない。それが、正攻法だ。



天井 桃 *


どの家も贈り贈られハタハタが食卓賑わす冬のわが町


評)
この作者の一連はレベルの高さが目をひく。この歌は活き活きと郷土が詠まれている。


佳作



金子 武次郎


稲刈りの勤労奉仕で出されたる白きおにぎり今も忘れず


評)
大戦を回顧した作で、類歌も少なしとしないが、それでも強い訴えを持つ。事実の持つ強さである。



松本


真空管時代の技術者われは今液晶テレビの回路を知らず


評)
一種の生活的な味わいがある。これも素材の持つ強みを持つ。



けいこ *


霧晴れてくっきり見ゆる鬼ヶ城もみじうつくし癒えし眼(まなこ)に

評)
景と情のバランスの良い作品となった。鬼ヶ城という山は四国の山を知っているが、各地に方々有ると思われる大抵が岩山だ。



ゆず


朝まだき新聞受けに音のして我のせわしき一日始まる


評)
これも、かなり類型が多いが捨てがたい作。



さつき *


ゆっくりとロープウエーは動き出しつぶさに見下ろす丸沼の森


評)
奥日光から上州へ抜ける辺りの連作。金精峠から奥白根へ登るルートには白根葵(ここ特有の植物、美しい紫色の大型の花が咲く)の群落がある。叙景歌の良さがある。



吉井 秀雄

電源を入れてコンプレッサー起動すれば朝の構内に地鳴りの響く


評)
かつてのアララギにはこうした労働の歌が沢山有った。今はむしろ珍しい。生活詠の原点だ。次の「油の匂ひ」の歌も良い。



太田


山渓の川面にはかに騒立てり野鴨降り来て水面すべる


評)
清澄な叙景で日本画でもみているようだ。但し、6、7首は「雄島沖」や「五箇山」が出て興ざめだ。五首で切るべき。違反でもある。最終稿は五首なのです。



荒川 英之 *


仕事から帰りし妻に幼な子がまず駆けよりて固く抱き合う


評)
新アララギの会員の年齢層は七十歳近いと思われるが、この一連からは大分若い世代の生活が伺われ新鮮である。



市村 恵


住みゐしはたれとも知らず主なき庭の柿の実赤く熟れたり


評)
寂しいような光景だが、これも現代の山里の風景なのであろう。



まりも


吾が家を守り続けて三十五年色褪せし瓦に苔が覆ひぬ


評)
古色を帯びた家を改築するかどうか迷う所だろうが、そうした心理も詠み込まれた一連。生活を見つめている所が良い。



新緑 *


注文の皿を眼で追い孫ふたり回転寿司を競いて食べぬ


評)
私もこういう場面を見たことがある。印象に残る作。次の「ヤッタア」の歌も良い。改作するのに苦労したことを思い出した。


寸言


  1. 初稿では説明的な作品が多かった。作者の感動の所在がどこにあるのかを打ち出すべきだ。
  2. 歌の形にはなっても、作品として成立しにくいものもかなりある。一般的過ぎることがらを平凡に歌っている場合が目につく。自分らしさをもっと詠みたい。
  3. 新アララギの集III欄に選抜されている作品を読んで、どういう作品なら良いのか、具体的に研究してみては如何だろうか。先進の作品や自分以外の他者の作品を良く知ること、それらの良い点を汲み取ることが、進歩の手がかりになることがある。


               雁部貞夫(新アララギ選者・編集委員)


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