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(2013年11月) < *印 新仮名遣い> |
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大窪 和子(HP運営委員)
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秀作 |
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○
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茫 々
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突堤にひねもす海を見て居ればわれは鴉のごとき黒影
楠の実の黒く色づくこの一日生きゐるわれの無二なる一日 |
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評)
一首目、海を見続けている自分を客観視する目がいい。孤独な情感が伝わる。二首目、下の句は類型がないとはいえないが、秋と言わずにそれを感じさせる上の句をうまく受けて実感のあるしみじみとした歌になった。 |
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○
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栄 藤
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抗癌剤の実験せむと飼はれゐるマウスの赤きまんまるの目よ
パソコンも為さず機械に弱き妻運転免許は根性で取りぬ |
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評)
一首目、何も知らない可憐なマウスの目、それを表現しただけで哀しみが感じられる。二首目、作者の奥さまへのエールと奥さまの頑張りに思わず拍手してしまう。前向きの姿勢が感じられて快い。 |
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○
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Heather Heath H
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母に倣い自立し自宅に逝きたしとその術探さん情報集めて
翌日に送料無料に届けくるアマゾン・コムにて書店の遠のく |
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評)
一首目、重い内容だが決して暗くない。作者のむしろ明るい人生観が感じられる。二首目、現代の書籍事情をさらりと詠っている。本屋さんてどうなるのかと私も思うことあり。 |
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○
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金子 武次郎
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非正規雇用に若者たちを使い捨て国も顧みずグローバルといふ
踏み出せば右に傾くわが歩み昨年まではなかりしことぞ |
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評)
一首目、「国も顧みず」は少し言い過ぎかとも思う。社会詠の難しさだ。しかしこのような視点で移り変わる現代を捉えていくことも大切なことであり共感できる。二首目、老いを漠然としてでなく、歩みの変化として冷静に捉えているところに感慨がある。
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○
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くるまえび
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見えぬ目に流るるごとき手の動きドビュッシー弾く辻井伸行
椰子の木の影長くして色のなき世界に月は皓々と照る |
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評)
一首目、辻井の演奏は一度聴いたら忘れられない。そこに挑戦している。「流るるごとき」にもう一工夫を。二首目、十五夜、満月などは古来詠い尽くされていて難しい。この歌は背景の色を消すことで月の光を際立たせ、成功している。 |
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○
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時雨紫
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添い寝して母の寝息に耳すます一時帰宅に和みし後で
夕立の匂いに重なり我が家には母の焚き染めし香木かをる |
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評)
二首ともに母と娘の暖かい情感が溢れていて味わいがある。「かをる」と歴史的仮名遣いにするのなら「添ひ寝」「匂ひ」としなければならない。仮名遣いは新旧どちらでもいいが混在はしないように注意。 |
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○
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まなみ
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きれぎれの雑木林に蒼き海見ながら通うフラのレッスンに
ワイメアの緑の狭間でフラ習う指さす彼方を孔雀が歩く |
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評)
ハワイの深い緑の中でフラを習う様子が彷彿とし、魅力的な二首となった。孔雀の登場がいい。 |
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佳作 |
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○
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きよし
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朝日差す公園のなか黙々とすれ違い行くウォーキングの人ら
秋晴れの広がる空を見上げれば島一めぐり駆けて行きたし |
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評)
他の歌で「背筋が伸びて若々しい」といわれる作者。静かにその愉しさを詠い出している。二首目の結句がいきいきして魅力的だ。 |
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○
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ハワイアロハ
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レーニア山はタコマ富士とも呼ばるると日系人の教えくれたり
聳え立つレーニア山にひたすらに近づきたいと車とばしつ |
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評)
レーニア山は富士山より大きい山だが、一首目には日系人の望郷 の思いが伝わる。そのレーニア山に近づきたいと願う作者の思いが二首目の結句によく表現された。旧仮名なら「教へ・・」となる。 |
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○
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紅 葉
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「こんなにも良い天気だ」と言う子等にとって残暑はプール日和か
風のない朝の漁港にまるまると太った鯖と競りの声あり |
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評)
一首目、大人と子供の季節感覚の違いを捉えて居ておもしろい。二首目は、他の歌によれば被災地の漁港であろうか。それがはっきり分かるように詠えれば平凡から脱することが出来る。 |
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○
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波 浪
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扇風機も仕舞はぬうちにストーブを出しをり気温に敏くなりゐて
敬老の日の饅頭配られ言はれたり「ほんに長生きはしたいもんじゃ」と |
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評)
今年の異常気象が思われる。それを自分自身に引きつけて詠んだところがいい。二首目はユーモア感じられて楽しい。 |
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○
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蒲公英
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胸を病み終戦間際に逝きし母八月十五日は追憶深し
足裏にハプナビ−チの白砂を踏みて歩めば秋の感触 |
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評)
一首目、「追憶深し」が惜しい。ここを具体的に表さないと全体に報告的な歌になってしまう。二首目、砂に秋を感じるのはとてもいいが結句に至り着くまでの経緯が物足りない。不要なことばは削って歌を引き締めたい。 |
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欄外(時間切れ提出)
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○
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石川 順一
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ドリンクのバーは階下にあるゆえにダイエットになると思ひ切れずに
カラオケはB'zで始め本当の孤独を観取したきアリスで |
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感想)
やっぱり階下へドリンクは買いに行くのですね。沢山唄うのですね。一人カラオケってはやっているみたいですから。 |
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● |
寸言 |
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選歌後記
「作品に解説はいらないといわれるけれどつい解説して、こういうことを詠おうとしています、といいたくなる。」掲示板でのやり取りで時折目にする言葉です。気持は分かるのですが、やはり解説は最小限に抑えてほしいと思います。
そのためにはどうすればいいか。読み手の感受性に委ねるという覚悟、潔さが必要だと思います。解説してすべてを分かってもらうよりも作品の表現によって少しずつ理解してもらう。根気と努力が歌を育てるのだと思います。うまくいかなくてもいらいらしたり、せっかちになるのは得策ではありません。
「読み終わったあとに沈黙のあるのがいい歌だ」といった歌人があります。沈黙? 何でしょうか。それは読者の一人一人に委ねられた、その歌の余情、余韻といったものではないでしょうか。
大窪 和子(HP運営委員)
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